レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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屋根付き「田丸橋」 2016年春、点描
農村の風景の中に、溶け込むような屋根付き橋が愛媛にはある。
その代表格が、内子町河内の田丸橋だ。
春とはいえ、桜の開花にはまだ早い時期だが、現地を訪れてみた。

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菜の花が春の訪れを告げ、
よく見ると、付近にはツクシがにょきにょきと顔を出している。

  DSCF0310.jpg
県道のバス停・下河内(しもかわのうち)から、麓川方向へ。農道の向こうに屋根付きの橋が見える。
田丸橋といい、内子町の有形文化財で、土木学会選奨土木遺産になっている。
全長14メートル、幅2メートル。木造の杉皮葺き。

  DSCF0313.jpg
もともとあった土橋が、昭和18年の水害で、流されたため、翌年この屋根付き橋にかけ替えられた。橋桁には方杖式を取り入れ、水害にも強い構造にしている。

  DSCF0324.jpg
田丸橋から奥に向かう畑では、農作業が徐々に本格化しようとしていた。

今は、土の道さえ珍しくなってきたように思う。
足に土の感触を感じながら進めば、そこに木造の屋根付き橋がある。
いい景観だ。平日だったが、カメラを持つ人が、ポツリポツリと訪れる。
個人的には、集団の観光客が来ない、そんな落ち着いたスポットであり続けて欲しい。

交通ガイド:松山方面からなら国道56号の内子・田中橋交差点(道の駅「からり」の手前約500メートル)を右折し、県道243号を道なりに約5キロ進む。バス停「下河内」付近に駐車スペースがある。

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風土が生んだ-、大洲・譲葉の屋根付き橋
大洲市菅田町の譲葉(ゆずりは)地区。地名がとてもロマンチック、ここに屋根付き橋があるとの情報を、以志橋福助さんからいただき、早速探索に行ってみた。
国道197号の、譲葉バス停に車をとめ、歩きながらきょろきょろと屋根付き橋を、探した。
「あ、あれか」、国道上から見た光景が下の写真。意外と簡単に見つかった。
 DSCF3411.jpg
長さは4メートル、幅1・2メートル、木造、屋根は強化プラスチックの波板。
中川茂幾さん方の裏手の小川に架かっている。中川さんが知人から間伐材を譲り受けて平成12年10月に、独力で架橋した。
裏の畑と直結できて、農作業がとても便利になった。
不思議なのは、なぜ屋根付きにしたのかということ。普通の橋で十分用は果たすのだが、
中川さんは「屋根付きにしたら、雨には濡れんし、橋の寿命も延びる」から、という。
子供のころから、近くの河辺村(現大洲市)で屋根付き橋を見慣れているから、ごく自然に屋根付きの発想が出たようだ。いわば、風土が生んだ平成の屋根付き橋なのだ。

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- 橋の名前は?。
「つけていない。譲葉だから譲葉橋かな」。
- 国道に架かっている橋が譲葉橋だから、同じはまずいでしょう。中川橋では、どう。
「中川橋にしよう」
というやりとりがあって、橋は“中川橋”になった。

  DSCF3413.jpg
丸太9本を渡して、その上に板をはった。防腐剤を塗っているからか、14年も経っているのに橋の痛みはほとんどない。

    DSCF3423.jpg
この橋の約15メートル上流の庭園のような場所に、風情のある石橋があった。石橋探訪が専門の以志橋福助さんは、これを目当てに譲葉地区を訪れたのだろう。古風な石橋と、平成の屋根付き橋。コントラストが面白い。

譲葉の地名のいわれを、図書館で探した。“ゆずりは”という語の響きからしてロマンあふれるものを期待したのだが、いわれを記述した資料は発見できなかった。結局、植物の譲葉が多く生えていたからなんて、平凡ないわれなのだろうか。

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ベンチも付いた屋根付き橋「常盤橋」(旧五十崎町)
内子町と言っても、旧五十崎の山里の道を走っていたら、ちょっと変わった景色がいやでも目に付く。
屋根付きの、ちょっと大きめの、幅の広いどっしりとした橋が御祓(みそぎ)川に架かっている。
この橋を常盤(ときわ)橋という。
地域住民の寄付によって、建設費の半分以上を賄った文字通り、住民のパワーで造った橋だ。

  DSCF3150.jpg
常盤橋は歴史のある橋だ。明治時代には、やや下流には石橋があり、この地には木橋が架かっていた。
昭和15年(1940)にコンクリート橋に改修され、主に木材の搬送に利用された。しかし、平成になってからは、上流に御祓橋が新設され、常盤橋の道は県道から町道へ格付けが変更された。

地区では、このままでは老朽化に伴って常盤橋は撤去される恐れがあるとして、7地区の区長で「常盤橋改良屋根付き橋実行委員会」を組織して、屋根付き橋への改良を計画。総事業費650万円のうち、380万円の寄付を集め、残りを町の補助金で平成16年(2004)3月に完成させた。

  DSCF3153.jpg
長さ12・4メートル、幅3・4メートル、屋根はスギ皮葺き、柱はスギ、床は檜材を使っている。
橋の中央には防犯灯も設置されている。

  DSCF3155.jpg
橋の左右にズラッとベンチが備え付けられているのが大きな特徴。
橋の上で寄り合いや焼き肉パーティーなども開かれるという。
愛媛の屋根付き橋は、生活に密着して地域コミニュティーを重視したタイプがあるのがひとつの特徴でもあるが、この常盤橋はその典型といえよう。
常盤橋は、日本の棚田百選になっている「泉谷の棚田」を訪問する際の拠点にもなっている。目印に格好の橋でもある。

所在地:内子町只海。今の内子町役場(旧五十崎町役場)を左折して、県道内子河辺野村線を走っていたら出くわす。橋の前の雑貨店「季羽商店」の番地が内子町只海甲408。この商店の建物も年代もので、山里の中に見事にマッチしている。

参考文献:「内子町の屋根付き橋」大野千代美(「郷土うちこ」第28号、内子町郷土研究会)

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三滝渓谷の入り口に屋根付きの「合良橋」
西予市城川町の三滝渓谷の入り口に架かっている屋根付き橋が合良橋だ。
昔は生活道としての橋だったのだが、平成元年(1989)に復元改修され、今は公園橋、観光橋となっている。
緑豊かな自然公園にふさわしい、お出迎えの橋と言えよう。
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長さは9メートル、幅3メートル。木造で、ガリバリウム鋼板葺き。
床板を太鼓橋のように湾曲させている。
屋根は平成18年(2006)に改修された。

城川自然ロッジの駐車場に車をとめ、万葉集の歌碑や植物の植えられた“万葉の道”を歩くと、この橋にたどり着く。
ここから水車小屋や城川地質館、「びっくりはうす」(錯覚やトリックなどを展示、体験できる)へ行くことが出来る。
さらに森林浴の渓谷散策が楽しめるのだ。
城川自然ロッジから三滝神社までは遊歩道が整備されているから、歩きやすい。
  DSCF3016.jpg
三滝渓谷自然公園はいたるところに滝があり、オゾンを浴びながら緑いっぱいの自然の中を歩くようになっている。
心身ともにリフレッシュできる。夏休みには親子連れでちょっとした山歩き気分を満たすのにぴったり。
慌ただしい現代だからこそ必要な場所のように思える。

が、残念なことに、拠点の城川自然ロッジは2年ほど前から営業を休止、無人の館になっている。
広い駐車場がガラーンとしている。
宿泊や食事もできて、私もここが三滝ロッジと言っていた時代に、一度泊ったことがある。いいところだったのに、再開のめどが立っていないというのは、実に寂しい。来客が少ない理由はわかる。それは、あまりにも辺鄙、交通の便が良くない、自然以外何もないーーこれら短所が長所に変わる日が来るといいのだが、、、、。

  DSCF3021.jpg
城川自然ロッジに向かうすぐ手前には、「城川自然牧場」(城川町窪野2579-2)がある。教会風の外観が異彩を放つ。ここはドイツ風の本格的ハムやソーセージの製造販売所。工場内の見学もできる。ただし火曜は定休日。

交通ガイド:国道197号を道の駅「きなはい屋しろかわ」付近から、窪野地区へ。「城川自然牧場」が目印。
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古刹・龍澤寺前の屋根付き橋「堰月橋」(城川町)
鎌倉時代の創建で、曹洞宗の古刹として知られる西予市城川町魚成の龍澤寺(りゅうたくじ)。
その境内入り口に架かっているのが屋根付きの、堰月橋(えんげつきょう)という木造の太鼓橋だ。
橋を渡れば、うっそうとした杉木立。自然と心静かな境地に入るような気がするから不思議だ。

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橋は江戸時代後期の嘉永2年(1849)に造られたという。昭和44年(1969)に修復された。
当初は龍門橋といったが、昭和初期に47世大法方丈が堰月橋と改名した。堰月とは、半円形の月、弓張り月の意味。
ここが太鼓橋だから、堰月橋としたのだろうか。

入り口正面に見えるのは、「丸に十」の薩摩藩島津家の家紋。なぜこの地に島津家の家紋があるかといえば、荒廃していたこの寺は、永享5年(1433)に薩摩藩主・島津元久の長男によって再興されたから。島津の財力をバックに再興が実現したと言われ、龍澤寺では鬼瓦などにも丸に十の家紋が刻まれている。
橋の入り口には杖が用意されているのが分かるだろうか。境内の苔むした石畳や石段で転ばないように、の配慮だろう。

(余談ながら、「堰月橋」の名前で、現在最も有名なのは、東福寺(京都)の堰月橋で、重要文化財。また高松・栗林公園の堰月橋も大きくて美しい事で知られる。)

  DSCF2953.jpg
屋根は当初は草葺きだったが、昭和12年(1937)に瓦葺きに変わった。
長さは約9メートル、幅約1・8メートル。

参考文献:城川町誌、「城川の文化財」(城川町教委)
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