レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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南北朝時代の随身立像と、木造の狛犬が置かれている三島神社(東温市)
小さな神社ながらも、文化財の多いのが、東温市則之内乙の三島神社だ。
前回は国指定重要文化財の本殿を紹介したが、続いて、県指定の木造随身立像と市指定の木造狛犬の両文化財を紹介する。
650年余も前の貴重な品なのだが、そのどちらも、入り口の随身門内にあっていつでも見ることが出来る。

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  (随身門の向かって右側)

  DSCF0047-002.jpg
  (向かって左側)


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ガラス越しに陳列されている。ガラスがあるため、ボケてしまっているが、右側の随身像はこんな姿。
随身像といえば、弓矢と刀を携えて、座っている像が一般的と思うが、これは高さ約135センチの立像。
彩色されていて、動きも結構ある。「延文4年(1359)5月」の墨書銘があり、今から650年余前の南北朝時代の作と見られる。
変わっているのは、左右ともに吽形で、口を開いた阿形がいないこと。それに、随身像はほとんど正面を向いているが、この像は通路側に向き合っている。
全国各地にある随身像の中でも、特異な存在。研究に欠かせない貴重な立像といえる。

  DSCF0049.jpg
狛犬はいまでは、石造が当たり前だが、初期の狛犬は木造で、屋外でなく、屋内に鎮座するのが普通だった。
この狛犬には、身体に緑青が残っている。古い木造狛犬は、銀箔を施していたといわれているから、この狛犬も銀箔があったのかもしれない(ただ、塗りは江戸末期に行われたもので、最初は木地の狛犬だったようだ)。
制作年代は、不明ながら、材質や作風から随身像とほぼ同じころ(南北朝時代)で、同一人物の制作ではないかと見られる。愛媛県下の木造狛犬では、伊予豆比古命神社や伊佐爾波神社のものが著名だが、これらは室町期のものだから、この三島神社の狛犬はひよっとしたら、県下最古の木造狛犬かもしれない。前足の力強さといい、実に見事な出来栄えの作品だ。

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随身像と木造狛犬がある随身門。昔は茅葺だったが、今は銅板葺きになっている。

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おおっ、これは!。ここの随身門にはガラス張りの部屋の隣に、もう一体、相当に古びて傷みが目立つ随身像がひっそり安置されているではないか。
この像はいったいなんだ?。歴史のある神社には、ミステリアスな雰囲気もある。

参考文献:「東温市の文化財」(東温市教育委員会)
 
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愛媛で最古の三間社流造の本殿(東温市・三島神社)
東温市則之内の国道11号線から、10メートルほど脇道に入ったところ。
こんな身近なところに、国指定、県指定、市指定の3つの文化財を持つ由緒ある神社がひっそりと佇んでいるのをご存じだろうか。
三島神社という。同名の神社は県下に100以上もあるから、「旧川内町」の三島神社と言えばいいだろうか。
観光地化していないこの神社は、不気味なほど静か。
国の重要文化財に指定されている「三間社流造(さんげんしゃながれづくり)」の美しいフォルムを持つ本殿を、ゆっくり見てみませんか。

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横から見ると、ひらがなの「へ」の字のような屋根が流造で、神社の本殿形式では全国的に最も多いタイプ。
反った屋根が前面に長く伸び、その曲線が美しい。
三間社というのは、正面に柱が4本あり、柱と柱の間が3間あるから三間の社という。他には、柱が2本の「一間社」や柱6本の「五間社」というのもある。
この三島神社は、三間社流造、銅板葺きで、14世紀中期の室町時代前期の建築と推定され、三間社流造では県下最古の建築といわれる。

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正面には、柱が4本あり、屋根の形状と合わせて、三間社流造とわかるだろう。
また、他の柱が円柱なのに、この柱は角柱。これがこの建築の特徴でもある。

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屋根の妻飾りとなっているのが、懸魚(げぎょ)という火除けのまじない。なぜ懸魚というか-、木造の建物を火災から守るため、水に縁のある魚の形をした飾りを置いたというのだが、多くの懸魚はあまり魚に見えない。事実、これは形状から「蕪(かぶら)懸魚」といい、野菜のカブの形をしているようだ。当初は魚だったものが、だんだん植物などに変化して行ったが、懸魚という名前だけはそのまま残ったということか。
専門的には破風の下の拝みのところにあるのを、「拝(おがみ)懸魚」、破風の中ごろの桁の端にあるのを「降(くだり)懸魚」という。懸魚には、棟木の切り口を隠す役割を持っている。

*長くなったので、県指定と市指定の文化財については、次回。

所在地:東温市則之内乙。(松山から国道11号の川内インター口を過ぎて約800メートル。右側に見える。)

参考文献:「東温市の文化財」(市教育委員会)

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陶器で出来た狛犬(伊予市・水之明神社)
伊予市三秋の水之明神社(みずのみょうじんじゃ)に、愛媛では珍しい陶器製の狛犬がある。
本殿の両脇に一対あって、境内を守る。
一見したら、陶器と分からないのだが、欠けた耳の部分をみたら、「あっ! 陶器だ」と。
いったい、だれがいつごろ造って奉納したのだろうか。

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(本殿に向かって左側にあるのが、「吽形(うんぎょう)」で、口を閉めている。角らしきものもある。)

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(右側にあるのは大きく口を開けた「阿形(あぎょう)」の獅子。一対で阿吽の呼吸-。)

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どういうわけか、どちらも左耳が欠けているのが残念。

下の方からどんどん苔むしていく感じで、色もわかりにくいが、黒みがかった茶褐色。
造りはやや粗雑に思える。形状は「玉取りの狛犬」というスタイルだが、玉が丸くなっていない。
顔の表情もイマイチ。また、吽形は、開いていた口を無理やり閉めさせて、焼き上げたよう。
だが、尻尾の造形は見事で面白い。

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(拝殿前には、石造の狛犬一対があるが、拝殿から続く小さな本殿の両脇に陶器製の狛犬がいる)
陶器の狛犬は、台座別で高さ58センチだ。残念ながら刻字など不明。、

これは、いつ頃に造られたものか?。
宮司にズバリ質問してみたが、この狛犬の由来については、記録がないそうだ。
想像の域を出ないが、宮司は「この神社は元は明神山の中腹にあったが、明治43年(1910)に現在地に社殿を移した。その時に山から持って降りた可能性がある。地元の陶工が窯で焼いたものではないか」と、推理する。
確かに、造りからしてかなり昔のモノのように思える。どんな人が造ったのだろう。
伊予市には、江山焼、市場焼、三島焼などの焼き物があった。これらの陶工が造った可能性は?。
一対の狛犬に歴史のロマンが広がる感じだ。

全国的に見ると、陶器製の狛犬は、やはり窯業の地に多い。特に瀬戸、美濃、備前、伊万里のモノが全国に広がっている。
なかでも備前焼の狛犬は120対ほど確認されている。愛媛では数が少ないと思う。それでも代表的なモノは、松山の東野焼の狛犬一対で、小型(高さ26センチ)ながら、松山市指定文化財になっている。また、砥部焼伝統産業会館には、嘉永年間の作で天神社(伊予市上原町)に奉納されていた砥部焼陶製の狛犬一対(台座込みで高さ1メートル45センチ)が展示されている(町指定有形文化財)。他に愛媛で陶器製の狛犬をご存知の方があれば、ご教示ください。

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水之明神社の所在地:伊予市三秋391。この神社は水の神として、渇水期には村人がここで雨乞いをしていた。拝殿・本殿は平成10年に改築された。

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手水鉢を支える石造の「亀」.。その正体に迫る./玉生八幡大神社(松前町)
先月は、手水鉢を支えるカエルの石像をご紹介した。
今回は、その第2弾!。今度は、「亀」が手水鉢を支えている。
ここは伊予郡松前町の玉生八幡(たもうはちまん)大神社。
ご覧ください。由緒のある古い手水鉢の四隅にいるのは、まぎれもなく「亀」。

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果たしてこの亀の正体はなんだろう。

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宮司は「普通の亀とは違う。空想上のモノ」という。
この神社と亀は、特別由来があるものではないそう。

中国神話や伝説で、亀のような生物といえば、四神の「玄武(げんぶ)」か、四霊の「霊亀(れいき)」が考えられる。

四神というのは、高松塚古墳(奈良・明日香村)の壁画報道の際に登場したから覚えている人も多いだろう。
天の四方をつかさどる霊獣を四神といい、東方を青竜、南は朱雀、西は白虎、北を玄武が守る。
玄武の姿というのが、一般的には“甲羅にヘビが巻きついている亀”なのだ。
この神社の手水鉢を支える亀のどこにもヘビがいないから、玄武ではないように思える。

そうなると、四霊(麒麟、鳳凰、霊亀、応龍)のうちの霊亀という伝説の生物か。
霊亀の姿は、“甲羅の上に蓬莱山と呼ばれる山を背負った巨大な亀”といわれる。
神社の亀の姿を見ると、甲羅の上にちょっとだけ山のようなものがある。
ただ、不老不死の仙人が住むという蓬莱山にはほど遠い形だから、霊亀にも疑問符がつく。

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推理ゲームは楽しいのだが、結局は、わからない。

中国神話の藪の中に入って迷っていたら、これはひょっとしたら単に「蓑亀(みのがめ)」ではないかと思えてきた。
浦島太郎でおなじみの藻の付着した亀だ。
背中に蓑を羽織ったように見えるから、蓑亀という。
こ難しい神話の世界ではなく、長寿の象徴として、蓑亀をデザインしたのでは-。
案外、これが制作者の考えだったのかもしれない。

所在地:愛媛県伊予郡松前町大字西古泉536

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華麗で優美な堂々たる江戸後期の二重門。(双海町高岸の三島神社)
華麗で優美といわれる見事な二重門。
長い石段を一段ずつ上るにつれて、その姿がどんどん近づいてくる。
こういう舞台装置の中で見るからこそ、美しさが際立つ。
前回に“狛亀”を紹介した伊予市双海町高岸の三島神社。その拝殿に行く途中にある。
夕やけこやけラインをドライブする際は、一度寄り道して鑑賞する値打ちは十分ある。

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江戸後期の天保3年(1832)に、内子の大工・長尾幸之進が建築に着手。
なんと9年がかりで天保12年(1841)に完成した。
山の中腹に位置する、堂々たる神門で、伊予市の文化財に指定されている。  

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参道から拝殿までは300段近い石段を上る。その中ほどの位置に二重門がある。

寺社の2階建ての門は、楼門と二重門に分類される。
楼門は屋根がひとつで、二重門はそれぞれの階に屋根があるものと、覚えておけばいい。
楼門は多いが、二重門は数が少ない。寺社で門を見たときは、屋根をチェックしてみるとまた楽しくなる。

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彫刻は繊細で丁寧な仕事だ。京都の名工がこの彫刻を担当したといわれる。

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門から振り返ると、伊予灘が広がっている。石段の途中でブリッジのようなものが見えるが、これはJR予讃線。

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参道の入り口の鳥居。長い石段が一直線に続く。
傾斜角度のせいか、長い割には意外と苦にならない石段と思った。

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