レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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三滝渓谷の入り口に屋根付きの「合良橋」
西予市城川町の三滝渓谷の入り口に架かっている屋根付き橋が合良橋だ。
昔は生活道としての橋だったのだが、平成元年(1989)に復元改修され、今は公園橋、観光橋となっている。
緑豊かな自然公園にふさわしい、お出迎えの橋と言えよう。
  DSCF3009.jpg
長さは9メートル、幅3メートル。木造で、ガリバリウム鋼板葺き。
床板を太鼓橋のように湾曲させている。
屋根は平成18年(2006)に改修された。

城川自然ロッジの駐車場に車をとめ、万葉集の歌碑や植物の植えられた“万葉の道”を歩くと、この橋にたどり着く。
ここから水車小屋や城川地質館、「びっくりはうす」(錯覚やトリックなどを展示、体験できる)へ行くことが出来る。
さらに森林浴の渓谷散策が楽しめるのだ。
城川自然ロッジから三滝神社までは遊歩道が整備されているから、歩きやすい。
  DSCF3016.jpg
三滝渓谷自然公園はいたるところに滝があり、オゾンを浴びながら緑いっぱいの自然の中を歩くようになっている。
心身ともにリフレッシュできる。夏休みには親子連れでちょっとした山歩き気分を満たすのにぴったり。
慌ただしい現代だからこそ必要な場所のように思える。

が、残念なことに、拠点の城川自然ロッジは2年ほど前から営業を休止、無人の館になっている。
広い駐車場がガラーンとしている。
宿泊や食事もできて、私もここが三滝ロッジと言っていた時代に、一度泊ったことがある。いいところだったのに、再開のめどが立っていないというのは、実に寂しい。来客が少ない理由はわかる。それは、あまりにも辺鄙、交通の便が良くない、自然以外何もないーーこれら短所が長所に変わる日が来るといいのだが、、、、。

  DSCF3021.jpg
城川自然ロッジに向かうすぐ手前には、「城川自然牧場」(城川町窪野2579-2)がある。教会風の外観が異彩を放つ。ここはドイツ風の本格的ハムやソーセージの製造販売所。工場内の見学もできる。ただし火曜は定休日。

交通ガイド:国道197号を道の駅「きなはい屋しろかわ」付近から、窪野地区へ。「城川自然牧場」が目印。
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山里のパワースポット、県下最大の精舎「龍澤寺」(城川)
うっそうとした杉木立の中に、七堂伽藍の大きな寺院が広がる。
西予市城川町魚成(うおなし)の龍澤寺(りゅうたくじ)。
こんな山里に、法灯690年余の曹洞宗総持寺派の中本山が隠れるように建っている。
静寂の中に荘厳な雰囲気、ここは今風に言えば、そこに立っているだけで心落ち着くパワースポットである。

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屋根付きの堰月橋を渡れば、苔むした石畳が続き、見えてくるのが、瀟洒な仁王門(↑)だ。
門の前には「不許葷酒入山門」の石碑が建つ。ニンニクなどにおいの強い野菜を食べていたり酒を飲んでいる人は、入るのを禁ず-。ここが厳しい禅宗の寺であることを改めて思う。

     DSCF3006.jpg
さらに、樹齢300年を超す杉木立に囲まれた昼なお暗い石段を進む。
その正面に見えるのが、実に大きな山門(↑)だ。

「拱北之古道場」の赤字の大きな額が掲げられている。
驚くのは、この山門のいたるところにみられる見事な組物、そして繊細な彫刻装飾の数々。
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   DSCF2970.jpg
職人のものすごい情熱、熱意、気迫が感じられる。鬼気迫るものがある。
実はそれもそのはず、1人の職人があまりにも一生懸命な仕事で、工事後についに失明したという記録がある。
そのためか、どうか、不思議な“気”が見る者に伝わってくる。

今の山門は、172年前の天保13年(1842)に再建されたものだ。
造ったのは、岡田久吾右衛門、久太郎の親子を中心にした大工である。龍澤寺は、寛政10年(1798)に火災で全面焼失した。その再建のため、長州出身の住職とともに城川町魚成(うおなし)にやってきた、いわゆる長州大工の1人が岡田だった。久吾右衛門の婿養子となった久太郎も名工として知られ、2人が中心となって、大庫裏、書院、禅堂などを次々と造営していった。

天保2年(1831)から、山門の建築に着手した。久太郎は京都の寺院に3度も視察に行くなど、全ての情熱を傾けて取り組んだ。山門の棟木などに楠の木の彫刻が多用されたが、その楠の木片から出る臭気によって、工事後に失明したと、彼の過去帳に記載されている。楠の臭気で失明するとは信じがたいが、何らかの形で楠の有毒部分が作用したのだろう。63歳で死去したが、その戒名は「大棟全梁居士」。眼を失ってまでも、一途に建築にかけた職人の姿が彷彿されよう。

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これが本堂側から見た山門全景(↑)。

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山門から見上げる次の門が、中雀門(↑)。ここに立つと、正面に本堂(↓)。そして、中雀門から回廊があり、左側に禅堂や衆寮など、右側に庫裏、客寮などが連なる。

平日の夕方に行ったためか、境内には誰もいない。それこそ不気味なほどの静けさ。観光化した有名寺院とは一味もふた味も違う。本物の禅宗寺院の厳粛な雰囲気が漂っている。
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690年もの長い歴史は、下の西予市教育委員会の立て看板をご覧ください。
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3,700坪というから、ざっと12,000平方メートルの広大な敷地に、桃山時代の建築様式の七堂伽藍が広がる。愛媛県下最大の寺院と言われる。奥伊予の緑の中に、信じられないような寺院がある。

なお、龍澤寺のすぐ隣に森林浴の森100選になっている「龍澤寺緑地公園」がある。バンガローやバーべキューハウス、ジャンボ滑り台などあり、自然の中でのんびりできる。
同公園の問い合わせは、龍澤寺緑地公園管理棟(0894-82-0150)

(注:長州大工=江戸後期に長州藩周防の国からやってきた大工たちは、長州大工といわれ、愛媛や高知の各所で寺社、お堂の普請にあたった。今もその精巧な仕事ぶりが各地に残っている。)
交通ガイド:大洲方面からなら、国道197号を五十崎ー肱川ー野村を経由し、城川の魚成橋前交差点を右折、県道35号へ。途中で「龍澤寺緑地公園」への案内標識があり、ここを左折する。
参考文献:城川町誌、「伊予の古刹・名刹」(越智通敏、愛媛県文化振興財団)、「民家と人間の物語」(犬伏武彦、愛媛新聞社)
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古刹・龍澤寺前の屋根付き橋「堰月橋」(城川町)
鎌倉時代の創建で、曹洞宗の古刹として知られる西予市城川町魚成の龍澤寺(りゅうたくじ)。
その境内入り口に架かっているのが屋根付きの、堰月橋(えんげつきょう)という木造の太鼓橋だ。
橋を渡れば、うっそうとした杉木立。自然と心静かな境地に入るような気がするから不思議だ。

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橋は江戸時代後期の嘉永2年(1849)に造られたという。昭和44年(1969)に修復された。
当初は龍門橋といったが、昭和初期に47世大法方丈が堰月橋と改名した。堰月とは、半円形の月、弓張り月の意味。
ここが太鼓橋だから、堰月橋としたのだろうか。

入り口正面に見えるのは、「丸に十」の薩摩藩島津家の家紋。なぜこの地に島津家の家紋があるかといえば、荒廃していたこの寺は、永享5年(1433)に薩摩藩主・島津元久の長男によって再興されたから。島津の財力をバックに再興が実現したと言われ、龍澤寺では鬼瓦などにも丸に十の家紋が刻まれている。
橋の入り口には杖が用意されているのが分かるだろうか。境内の苔むした石畳や石段で転ばないように、の配慮だろう。

(余談ながら、「堰月橋」の名前で、現在最も有名なのは、東福寺(京都)の堰月橋で、重要文化財。また高松・栗林公園の堰月橋も大きくて美しい事で知られる。)

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屋根は当初は草葺きだったが、昭和12年(1937)に瓦葺きに変わった。
長さは約9メートル、幅約1・8メートル。

参考文献:城川町誌、「城川の文化財」(城川町教委)
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“奥伊予”-弁天の段畑
奥伊予といわれる西予市城川町。平地が少ないだけに、棚田も各所にある。
国道197号から、龍澤寺に向かうため、県道35号を走っている途中で、景観的に素晴らしい段々畑に出会った。
ちょうど、バスの停留所があって、地名が城川町魚成の「弁天」という地区だとわかった。

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数えてみると、10段もの長い畑だった。
この画面の中に、黙々と鍬を打ちおろす農夫の姿があるのが分かるだろうか。

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宇和島の水荷浦(みずがうら)のような数十段もの、段畑ではない。規模では比べようもないが、この弁天の段畑にはコンパクトな美しさがあると思う。
南予の農村の原風景のような段々畑。人々が何十年もかけた労作。
石垣を見ていると、大小の石を組み上げていった人々の労苦は想像に難くない。
ここもぜひ残しておきたい農村景観といえよう。

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朱塗りの柱が特徴の屋根付き「三嶋橋」(野村町)
西予市野村町惣川地区にある三嶋橋は、三嶋神社の境内に入る橋として架けられた。
旧野村町で唯一残る屋根付き橋だ。
朱塗りの柱が、緑いっぱいの山辺の光景の中で異彩を放つ。

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入り口と渡り切ったところで高低差があり、床面が緩やかに反った状態で境内に降りていくようにできている。
昭和15年(1940)に架けられた屋根付き橋が老朽化したため、平成5年(1993)9月に架け替え工事に着手、同年10月完成した。木はヒノキを使用している。
戦前のモノより、一回り大きくなり、長さ11・5メートル、幅3・6メートル。入母屋の屋根は傾斜角度が少ない。
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三嶋神社は船戸川の中州に船の形で造られており、別名・船橋神社とも言われる。
周りの川は水辺空間整備事業で公園のようになっている。

それに、この三嶋神社付近の川には原始的な橋の原型が各所にみられる。
一部壊れてはいるが巨大な石橋があるかと思えば、大きな石を並べた飛び石橋もあって見ていて楽しくなるところだ。

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(愛媛の屋根付き橋には、三嶋橋という名前の橋が2つある。この西予市野村町のものと大洲市河辺町のもの。どちらも三嶋神社の前に架かる神社橋だ)

参考文献:惣川誌(野村公民館惣川支館)

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四国最大級の茅葺庄屋屋敷「土居家」(野村町)
行けども行けども、狭い山道が続く。
遠い、実に辺鄙なところ、行くだけでも疲れてしまう。大変な苦労をする道のりだ。
それだからこそ、ここにたどり着き、巨大な茅葺屋根をみた感動はかけがえのないものがある。
西予市野村町惣川の「土居家」住宅だ。
茅葺木造民家として四国最大級の規模と歴史を持つ。往路苦労してでも見る値打ちは十分ある。

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間口は、12間余(25メートル)、奥行き6間(12メートル)、高さ13メートル、建坪約91坪(300平方メートル)。
普通の茅葺民家の4倍はある代物。
とにかく屋根が大迫力、重さだけでも40トンもあるそうだ。
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軒を深く突き出して大屋根を構成する。これを「せがい造り」といい、豪農の家の象徴的な造り。
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これが大黒柱。52センチ角、高さ10メートルの松の巨木が使われている。(下に白く写っているのはA4のノート)。

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室内の全景。
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床の間の座敷。宇和島藩お抱え絵師の手になる襖絵や畳1畳分もある一枚板に彫られた欄間も見どころ。

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囲炉裏から、土間を写す。大きな釜は酒米を蒸すために使われた。最盛期には1日10俵も蒸したという。造り酒屋を営んでいた時の名残だ。

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これが離れ。明治期の建築で、金閣寺を模したという。今は、ここが1日1組限定の宿泊棟となっている。

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茶室。明治期にあったものを復元した。茶会や展示会などに使われている。

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大正時代の蔵が修復されて、農村体験交流館に使われている。1階は、レストラン・喫茶、売店。2階は土居家の歴史などを展示している。
今の土居家は、母屋、離れ、茶室、蔵、庭園で構成されている。

惣川村の庄屋「土居家」の住宅は、文政10年(1827)の建築と伝えられる。昭和43年(1968)に野村町(現・西予市)の有形文化財に指定。平成10年(1998)に大規模な復元修理が行われ、今の姿となっている。

今、この地区は静かな山里で、人の姿も少ない。この地に立つと、なんでこのような豪勢な庄屋屋敷がここにあるのか不思議に思える。地区の人に聞くと、昔、この地は伊予と土佐を結ぶ街道の要衝として栄え、その庄屋・土居家は財力も豊かで、苗字帯刀を許されるほど地位も高かったといわれる。土居家住宅は地区の栄枯盛衰をじっと見続けてきたのだろう。

◆入館料無料◆休館日=月曜日(祝日や振り替え休日に当たる時は、その翌日)、年末年始
◆見学時間は午前9時から午後5時まで。
◆宿泊などのお問い合わせは、茅葺民家交流館「土居家」 電話0894-76-0636
【交通ガイド】松山自動車道「内子五十崎IC」「大洲IC」から鹿野川ダムを経由し、県道36号で惣川・大野が原方面に走る。ところどころに、土居家への案内標識が出ているが、狭い山道が多く、交通安全に注意が必要。パンフでは、内子五十崎ICから車で約70分、宇和ICから約80分となっているが、行かれる方はもう少し時間に余裕を持って立案を。
参考文献:「土居家」パンフレット、松山百点Vol.206「土居家」

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山里の県道沿いに「森の魚」
西予市野村町の惣川地区へ向かう県道36号線沿い。大きな魚が三匹、道行く車をじっと見つめていた。
愛きょうのある顔立ち。思わず立ち止まって、表情をながめてしまった。
大きいのは母親で、子どもが2匹。交通安全を呼び掛けているのか。

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この魚、どこかで見た顔と、思う人もいるだろう。
そう、この石の彫刻は、宇和島市三間町生まれの藤部吉人(ふじべ・よしと)氏の作品「森の魚」。
イタリアで10年余彫刻を学び、帰国後は四国カルストの大野が原で制作活動を続けてきた。

一度見たら忘れられない個性あふれる表情豊かな魚やフクロウなどを石で作ってきた。
国内外で高く評価され、氏の作品を愛する人は多いが、昨年12月に68歳で逝去した。

彼は死んでも、その作品は永遠に残る。
三間町の中山池自然公園や三間町道の駅、西予市役所などに展示されていて、見る人の心をなごませている。
(ただ、今回紹介した県道沿いの「森の魚」は、どこにも制作者名や題名、由来などが記載されていない。郷里の芸術家の大作だけに、通行する方々の誰にもわかるように作品の紹介がほしいところだ)
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