レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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風土が生んだ-、大洲・譲葉の屋根付き橋
大洲市菅田町の譲葉(ゆずりは)地区。地名がとてもロマンチック、ここに屋根付き橋があるとの情報を、以志橋福助さんからいただき、早速探索に行ってみた。
国道197号の、譲葉バス停に車をとめ、歩きながらきょろきょろと屋根付き橋を、探した。
「あ、あれか」、国道上から見た光景が下の写真。意外と簡単に見つかった。
 DSCF3411.jpg
長さは4メートル、幅1・2メートル、木造、屋根は強化プラスチックの波板。
中川茂幾さん方の裏手の小川に架かっている。中川さんが知人から間伐材を譲り受けて平成12年10月に、独力で架橋した。
裏の畑と直結できて、農作業がとても便利になった。
不思議なのは、なぜ屋根付きにしたのかということ。普通の橋で十分用は果たすのだが、
中川さんは「屋根付きにしたら、雨には濡れんし、橋の寿命も延びる」から、という。
子供のころから、近くの河辺村(現大洲市)で屋根付き橋を見慣れているから、ごく自然に屋根付きの発想が出たようだ。いわば、風土が生んだ平成の屋根付き橋なのだ。

 DSCF3418.jpg
- 橋の名前は?。
「つけていない。譲葉だから譲葉橋かな」。
- 国道に架かっている橋が譲葉橋だから、同じはまずいでしょう。中川橋では、どう。
「中川橋にしよう」
というやりとりがあって、橋は“中川橋”になった。

  DSCF3413.jpg
丸太9本を渡して、その上に板をはった。防腐剤を塗っているからか、14年も経っているのに橋の痛みはほとんどない。

    DSCF3423.jpg
この橋の約15メートル上流の庭園のような場所に、風情のある石橋があった。石橋探訪が専門の以志橋福助さんは、これを目当てに譲葉地区を訪れたのだろう。古風な石橋と、平成の屋根付き橋。コントラストが面白い。

譲葉の地名のいわれを、図書館で探した。“ゆずりは”という語の響きからしてロマンあふれるものを期待したのだが、いわれを記述した資料は発見できなかった。結局、植物の譲葉が多く生えていたからなんて、平凡ないわれなのだろうか。

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日本最古の現役ループ線トンネル「千賀居隧道」(八幡浜)
鉄道や道路で急なこう配を緩和するため、ぐるぐる回って登っていくのがループ線。
日本で最も古い現役のループ線のトンネルが、愛媛の八幡浜市に残っている。
国道197号線の旧道の夜昼峠に架かる千賀居(ちがい)隧道。明治38年(1905)の完成だから、109年も現役を続けている。
外観はシンプルながらどっしりと風格がある。内部はレンガ造り。長さ17メートル、車道幅員4・8メートルのこじんまりとしたトンネルだが、明治の香りが漂うような雰囲気を持っている。
土木学会は近代土木遺産のBランクにしているが、歴史的価値としてはAランク級に値する貴重な存在と思う。

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夜昼峠の近くにあるから、一部では「夜昼隧道」とも言われるが、このトンネル近くの人によると「ここは昔から千賀居隧道と言ってきた。峠のところに千賀居森神社があり、この千賀居をとったもの。夜昼隧道というのは今の国道197号にあるトンネルのことで、旧道のここを夜昼隧道とは言いません」。

  DSCF3050.jpg
この路線は旧府県道大洲・八幡浜線で、明治40年(1907)に開通した。つまり、道路よりトンネルが一足早く、2年前に完成しているから、大量のレンガは里道を馬で運んで築きあげたという。全線開通してからは、乗合馬車が鈴を鳴らしながら走り、ここは当時の幹線道だった。
急峻な峠道だったため、ループ線にしてトンネルを造った。鉄道のループ線は明治42年開通の肥薩線が最古のものだから、千賀居隧道はその4年前に採用されていることになる。このループ、地図で見ると、トンネル地点の道がクロスしている(つまりトンネルの上部が道になっている)からループになっているのが分かるのだが、実際に走ってみると、この構造に意外と気づかない。

昭和37年に2級国道大分・大洲線となり、昭和40年に国道197号になったのだが、昭和46年(1971)に新しく夜昼トンネル(2,141メートル)の開通に伴い、千賀居隧道の道は旧道に“転落”、市道白尾夜昼峠線となった。今では通行量は極端に減っている。

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トンネルの左側には、当時の石垣が残っている。さすが、プロの技が見て取れる。

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内部はレンガ造り。垂直の壁面はイギリス積み(小口だけの段と長手だけの段が交互に続く)。アーチの曲面は長手積み(長手だけの段を積み重ねる)となっている。積み方としては、標準的なものだ。

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大洲側から撮影。扁額は見当たらない。付け柱や要石(アーチの最上部にはめ込まれた石)などの装飾的な部分はほとんどなく、実にシンプルなデザインになっている。

交通ガイド:国道197号、八幡浜市の千丈小学校から旧道に入り、道なりに峠に進む。

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親柱の銘が珍しい大正期の桁橋「布喜川橋」(八幡浜)
八幡浜市の五反田川に、大正後期に完成したコンクリート橋が架かっている。
側面から見ると、曲線が美しい。ここの地名をとって「布喜川橋」という。
特異なのは、親柱に堂々と大書きされた銘。「ふきかわはし」「大正十四年十月」。
どっしりとした角柱は、大正後期に多いのだが、2行にわたって橋の名前を書くスタイルは珍しい。
地域にとって自慢の橋だから、だれにもわかるように大書きしたのだろうか。

  DSCF3095.jpg
長さは12・7メートル、幅4・5メートルの桁橋。独特の曲線のフォルムが何とも言えない美しさを醸す。

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親柱は大きくて立派。以前は土の中にかなり埋まっていたが、掘り出して昔のような姿でお披露目している。

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橋の下から縦桁を見る。5ラインが芸術的ですらある。

交通ガイド:八幡浜市街地から宇和に向かう県道25号線を行く。26号線(八幡浜三瓶線)との信号交差点「日ノ浦橋」のすぐ手前、県道25号から旧道へ向かうところに架かっている。

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「日本の棚田百選」 泉谷の棚田(内子)
日本の棚田100選に選ばれているのが、内子町(旧五十崎町)の「泉谷(いずみたに)の棚田」だ。
車で狭い山道をどんどん登っていく。標高にして470メートル。突然視界が開け、見えてくる。
百選のなかでも、特に傾斜がきつい棚田として有名だ。
四季折々に景色が変わる。一度、訪問されてはいかが---。

  DSCF3180.jpg

急傾斜地に95枚の水田、4ヘクタールが、今も耕作され続けている。
ここを築き上げた先人の労苦がしのばれる。
さらに、わずか数戸の集落ながら、平成11年に「泉谷地区棚田を守る会」を結成した。棚田のオーナー制度もあって、その方々らのおかげで、毎年、美しい景観を見ることが出来る。

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棚田は四季それぞれに、カラフルに違った風景を見せる。田植え期の緑色もあれば、稲刈りの季節には一面黄色に染まる。冬は白銀の世界にもなる。だから季節ごとに訪れて、カメラを向ける人もいる。

  DSCF3164.jpg

棚田のビューポイント付近に水車小屋を備えた“管理棟”がある。折角の水車は動いていなかったが、これはたまたまか、それとも故障中?。近くに駐車スペースやトイレもある。

交通ガイド:前回掲載の屋根付き橋の常盤橋を目標に行く。ここに、案内地図があり、それに従っていく。ただ、ここからでもかなりの山道になるが、要所に案内板があるのでそれに従えば、迷わない。

【日本の棚田百選】農林水産省が平成11年(1999)7月、全国117市町村134地区の棚田を選定した。愛媛で選定されたのは3か所で、この泉谷のほかは、「堂の坂の棚田」(西予市城川町田穂、100枚1・5ヘクタール)、「奥内の棚田」(松野町蕨生、600枚20ヘクタール)となっている。

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ベンチも付いた屋根付き橋「常盤橋」(旧五十崎町)
内子町と言っても、旧五十崎の山里の道を走っていたら、ちょっと変わった景色がいやでも目に付く。
屋根付きの、ちょっと大きめの、幅の広いどっしりとした橋が御祓(みそぎ)川に架かっている。
この橋を常盤(ときわ)橋という。
地域住民の寄付によって、建設費の半分以上を賄った文字通り、住民のパワーで造った橋だ。

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常盤橋は歴史のある橋だ。明治時代には、やや下流には石橋があり、この地には木橋が架かっていた。
昭和15年(1940)にコンクリート橋に改修され、主に木材の搬送に利用された。しかし、平成になってからは、上流に御祓橋が新設され、常盤橋の道は県道から町道へ格付けが変更された。

地区では、このままでは老朽化に伴って常盤橋は撤去される恐れがあるとして、7地区の区長で「常盤橋改良屋根付き橋実行委員会」を組織して、屋根付き橋への改良を計画。総事業費650万円のうち、380万円の寄付を集め、残りを町の補助金で平成16年(2004)3月に完成させた。

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長さ12・4メートル、幅3・4メートル、屋根はスギ皮葺き、柱はスギ、床は檜材を使っている。
橋の中央には防犯灯も設置されている。

  DSCF3155.jpg
橋の左右にズラッとベンチが備え付けられているのが大きな特徴。
橋の上で寄り合いや焼き肉パーティーなども開かれるという。
愛媛の屋根付き橋は、生活に密着して地域コミニュティーを重視したタイプがあるのがひとつの特徴でもあるが、この常盤橋はその典型といえよう。
常盤橋は、日本の棚田百選になっている「泉谷の棚田」を訪問する際の拠点にもなっている。目印に格好の橋でもある。

所在地:内子町只海。今の内子町役場(旧五十崎町役場)を左折して、県道内子河辺野村線を走っていたら出くわす。橋の前の雑貨店「季羽商店」の番地が内子町只海甲408。この商店の建物も年代もので、山里の中に見事にマッチしている。

参考文献:「内子町の屋根付き橋」大野千代美(「郷土うちこ」第28号、内子町郷土研究会)

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花火大会、松山は堀江港祭りからスタート!、愛媛の2014開催予定一覧
夏の夜のお楽しみは、やっぱり、夜空を大輪の花で埋める花火でしょう。
松山地方のトップを切ってスタートするのが、7月19日(土)の堀江港祭り。
花火だけでなく、地元アイドルのAiCune(アイキューン)や宮崎ユウのミニライブもあり、堀江が若者や家族連れでにぎわいそうだ。

    DSCF3184.jpg
堀江港祭りは、元フェリー乗り場のあったところ、海の駅「うみてらす」が会場。祭りにつきものの露店もズラリと並ぶ。主なイベントの開始時間は、写真のポスターを参照ください。
ここの花火は、港の目の前にある一文字防波堤から打ち上げられ、距離が近いのでダイナミックな花火が楽しめる。

なお、駐車場は、堀江小学校グラウンド。会場までは、無料のマイクロバスでピストン輸送する。

**花火の好きな人、写真マニア方向けに、2014県下の主な花火スケジュールを掲載する。**
【2014 愛媛の主な花火大会】
7月19日(土) 堀江港祭り
  19日(土) かわのえ夏まつり花火大会
  21日(月) 大洲水天宮花火大会
  23日(水) うわじま牛鬼まつり
  24日(木) うわじま牛鬼まつり
  25日(金) にいはま納涼花火大会
  26日(土) 風早海まつり(松山市北条)
  27日(日) 伊予彩まつり花火大会

8月02日(土) ながはま赤橋夏まつり
  02日(土) まさき町夏祭り(松前)
  03日(日) 松山港まつり三津浜花火大会
  03日(日) おんまく花火~輪~ (今治)
  03日(日) 大洲川まつり花火大会
  04日(月) 大洲川まつり花火大会
  14日(木) 野村納涼花火大会
  15日(金) 八幡浜みなと花火大会
  15日(金) 四国中央市土居夏まつり花火大会
  17日(日) 市民納涼花火大会(西条)
  21日(木) 愛南町御荘夏まつり
  23日(土) みかわ納涼まつり(久万高原町)
  30日(土) 観月祭(東温市)

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レンガの煙突のある風景、いつまで残るだろうか。(大洲)
田園地帯の中に、レンガの煙突が地区のランドマークのように突っ立っている。
ここは、大洲市平野町。煙突があるのは、大正後期に創業した老舗、柁谷(かじや)醤油店の施設。
近寄ってみれば、工場は屋根が抜け、危険な状態となっている。
当然ながら、ここでの操業は停止中。煙突だけは悠然と立ち続けているが、果たしていつまで保存できるだろうか。
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醤油醸造を創業したのは、祖父の代。
この煙突が出来たのは、「大正後期から昭和初期と聞いている」と、現在の経営者の女性は言う。
大洲市が編集した煉瓦百年物語では、建築年代を「大正10年(1921)頃」と記載している。
ざっと90年余、風雨に耐えてきたのは間違いない。

工場の建物は、屋根が抜け、倒壊の恐れがあるほどだが、煙突は外見上では頑丈で、まだどっしりしている気がする。
おそらく、キャリアのあるレンガ職人の手によって築きあげられたものだろう。
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↑これが煙突の下部。長手のみの段と小口のみの段が交互に積まれているのがわかる。イギリス積みという積み方だ。
  DSCF3146.jpg
↑下部を除けば、あとは長手のみの段を積み重ねていく、いわゆる長手積み。これは最も単純な積み方といえる。

柁谷醤油店は今も、委託製造で長い歴史を持つ醤油の自社ブランドを維持し、販売を続けている。
製造設備等にも、大正・昭和期のモノが残っているように思うが、屋根の崩落などの恐れがあり、工場内は閉鎖中で、立ち入ることはできなかった。
店の後継者はなく、このままでは工場はなくなるように思う。
煙突は残るとしても、背景の建物がなければ、全体としての景観は損なわれる。
地区のシンボルともいえる建造物、保存、改修に何かいいアイデアはないものだろうか。
このままでは、--レンガ煙突のある風景--は、今見ておかないと再び見ることはできないだろう。

所在地:大洲市平野町平地274。
交通ガイド:①国道56号の肱川橋方面からなら、大洲病院のある西大洲へ向かう。県道234号で平野小学校を少し進むとレンガの煙突が見えてくる。②国道56号大洲道路からなら、北只から八幡浜方向の国道197号へ。その最初の大洲西トンネル越えたところの信号を右折、平野方面へ。平野バス停前の橋を渡ってまず平野小学校を目標に進む。
参考文献:「煉瓦百年物語」大洲市
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