レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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天一神社の瓦製狛犬は、なぜコンクリート台座に鎮座しているのか。(菊間町)
“瓦の町”、今治市菊間町で瓦で作った狛犬を訪ねる旅--その第3弾。

それは菊間川上流の名勝・歌仙の滝に近い、菊間町川上297の天一神社にあった。
県道沿いに鳥居があり、それに続く参道は、うっそうとした木々に包まれている。
特に高さ25メートルもの大きなクスの木は樹齢300年以上、同市の天然記念物で地区のランドマークにもなっている。
石段をのぼりつめたところに、瓦で作った狛犬が貫録十分な姿で参拝者を見つめる。

  DSCF3705.jpg
↑これが瓦製狛犬。堂々たる姿。本殿に向かって右側は、口を開けた阿(あ)形。

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↑左側は口を閉めた吽(うん)形。右の耳が欠けているのが痛々しい。

  DSCF3704.jpg
ここの狛犬で珍しいのが、台座がコンクリートでできていること。
台座は石造が普通で、瓦製狛犬では台座も瓦と言うのがあるが、コンクリート製は数少ない。
最初に見た時は、たまたま、コンクリートにしたのだろうと思っていた。

  DSCF3713.jpg
台座中央には、瓦製の花弁が埋め込まれ、洗い出し技法のコンクリート処理は実に見事。
腕のいい左官の仕事であることは間違いなかった。

--残念ながら銘がない。この狛犬は誰がいつ、奉納したのだろうか。
古老を中心に神社関係者に聞きまわってみた。

時代は移り変わり、もうほとんどの人が知らない。
あきらめかけた時、古老から驚きの情報をキャッチした。
それは、-狛犬が完成したのは「戦前のころか、戦後間もなくのころ」で、これを寄進したのは「この地区の出身で、新居浜で左官をしていた石畑さんという人。台座も石畑さんが作った。だから、洗い出しの見事な出来でしょう。狛犬は地元の菊間で作ったものと思うが、作者は分からない」-、という。

なるほど、左官屋さんの寄進だから台座も石ではなくコンクリートになっていたのか。コンクリート製にわけがあったのだ。
ただ、この左官をしていたという石畑さんはすでに故人で、地元に残る親戚の方は、狛犬寄進の件を誰も知らなかった。
今のところ、1人の古老の記憶だけが、狛犬の由来の手掛かり。この情報を裏付ける文献は見当たらないが、もし他に情報をお持ちの方があれば、ぜひご教示ください。

  DSCF3693.jpg
天一神社は県道のそば、土蔵のような建物に隠れるように、その鳥居がある。
鳥居の向こうに大きなクスの古木が繁る。

  DSCF3695.jpg
風情のある石段をのぼったところに、瓦製狛犬が見つめあっている。

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瓦製の狛犬がここにも鎮座。他にも貴重なモノがあった。(菊間・砥鹿神社)
瓦の産地、今治市菊間町で、瓦で出来た狛犬を探す旅-その第2弾。

まず、松山から国道196号で菊間町へ向かう。
菊間へ入ってすぐのところにあるのが砥鹿山トンネルで、
この短い、わずか59メートルのトンネルを抜けたところに砥鹿(とが)神社がある。

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目の前が国道196号。右側が砥鹿山トンネル。
このルートを走る人は、誰もが知っている場所。こんなところに、瓦製狛犬がいる。

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鳥居のそばに、これがいぶし銀の肌合いをもつ阿形(口を開けている)の瓦製狛犬。

  DSCF3505.jpg
向かって左側にいるのが、吽形(口を閉めている)の瓦製狛犬。
阿と吽で阿吽(あうん)の一対。

  DSCF3521.jpg
台座のところに銘が入っている。
制作されたのは昭和19年(1944)で、作ったのは光野亀太郎と刻まれている。
この光野亀太郎さんは、前回ご紹介した「荒神社の狛犬」を作った人で、7代目鬼師の光野貫一郎さん(「現代の名工」)の叔父にあたる人物。実力ある鬼師の作だけに、堂々とした雄姿だ。

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境内を歩いていたら、痛々しいモノが目に飛び込んできた。
拝殿のそばに、頭部や右足を失くした瓦製の狛犬が置かれていた。ということは、現存のモノは2代目で、その前に“先代”の瓦製狛犬が、この神社にあったのだろうか。

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鳥居を入ると、瓦製狛犬の向こうの注連石(しめいし)に隠れるように、オーソドックスな石造狛犬(大正期)もいた。
それぞれ1対だから、4匹の狛犬が入り口を守っていることになる。

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余談ながら、ここの石造の吽形の狛犬は、愛媛では珍しいデザインが採用されている。
狛犬をポーズ別に分類すると、最も多いのが「お座り型」で、次いで身構えている「尻上げ型」のほか、「玉取り」「子取り」というのがある。
足元に玉があるのが「玉取り」、子供を連れているのを「子取り」という。
これは家運隆盛や子孫繁栄の意味があるといわれる。
それぞれ単独、たまに複合のデザインのモノがある。

この砥鹿神社の狛犬をよく見てください。
一見すると、「玉取り」のようだが、玉のところに、小さな子供が這いつくばっているがわかるだろうか。
ほほえましい光景だ。こんな図柄の複合型は、めったにない。
そういえば、砥鹿神社は子育ての神を祀っている。

所在地:今治市菊間町田尻781

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テーマ:香川・愛媛・高知・徳島 - ジャンル:地域情報

18日土曜夜は、堀江港祭り。打ち上げ花火に、ご当地アイドルのライブもある。
夏休み最初の土曜日、18日夜は松山市堀江で港祭りがある。
ハイライトは、目の前の一文字から、ドドーンと打ち上がる満天の花火。
若者たちには、今年メジャーデビューのご当地アイドル「ナノキューン」や女性デュオ「フルーツポシェット」のライブがお楽しみ。
懐かしい露店もいっぱい、さあー、堀江に浴衣でゴー!。

  DSCF3756.jpg
会場は堀江港、ほりえ海の駅「うみてらす」前。(雨天順延)

主なイベント開催予定時刻は、17:10~園児の和太鼓演奏、17:30~バンド演奏、18:40~堀江みこし
19:00~伊予万歳、19:30~フルーツポシェットライブ、20:25~ナノキュンライブ
花火は20:00~、20:55~
カラオケ大会18:10~、21:07~。

会場に駐車場はなく、車の方は堀江小学校へ、臨時駐車場がある。17:00から22:00の間、会場まで送迎バス運行。
交通は、JRが便利。堀江駅から会場まで徒歩1,2分。

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マイナスイオンの洪水!。「歌仙の滝」と「霧合の滝」(菊間)
瓦で造った狛犬などを求めて今治市菊間町を東奔西走している。それにしても、神社の石段は疲れるWa。
旅の途中に、ちょっと休憩。菊間川上流の名勝「歌仙の滝」に立ち寄ってみた。
前日が雨だったため、水量は豊かで、水しぶきが豪快に飛び交う。
果てしなく続く水の乱舞に、しばし暑さも忘れ、心安らぐひとときだ。

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これが歌仙の滝。落差67メートル、くねくねと曲がり、自然の造形の妙に感心させられる。
なぜ歌仙の滝という名前になったかについては、諸説ある。
ほぼ中央が滝つぼで、その上部の距離が18間(1間=1・8メートル)、下部が18間で合計36間だから、36歌仙にちなみ、歌仙の滝と命名したという説があり、また滝の段差が36曲がりもあることから、-ともいう。なぜか、36の因縁で36歌仙になる。この連想が不思議なところ。
松山藩4代藩主の久松定直が命名したとも伝えられている。

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滝つぼの脇に、滝を見ているように祀られている観音様、その名も「滝見観音」という。

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滝のすぐそばにある建物が「観音堂」。

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歌仙の滝から、約500メートルいったところにあるのが、「霧合の滝」。
県道のそばだから、あまり歩くことなく見れる。こちらは、長さより、横幅のあるタイプ。
普段はもう少し水量が少なく、途中で水流が2つに分かれ、雄滝、雌滝と称する。水量が多いと、このように雌雄合体となる。
ここで水行する信者もいるほどで、ここを古滝。歌仙の滝を新滝ともいう。
水しぶきが飛び交い、辺り一面マイナスイオンにあふれている。
春は桜、秋は紅葉が彩りを添える。また夏は格好の避暑地だ。一度行ってみませんか。

交通ガイド:所在地は今治市菊間町松尾。国道196号から県道164号にはいり、約3・7キロ。駐車場、トイレ完備。公園としても整備されている。

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菊間には瓦で造った狛犬がいる。その1(荒神社)
陶器で出来た狛犬が伊予市の神社にいるのを先月披露したが、「瓦の町」の菊間町には、瓦製の狛犬がいた。
いぶし銀の堂々たる狛犬。これは荒神社に奉献されたもの。口を閉めている吽(うん)形だ。

口を開けた阿形はどこに?。なんと、相棒の阿形は、平成12年の芸予地震(菊間は5強の震度)で、崩れて破壊されてしまった。
これを機に、残った吽形は、菊間の「かわら館」の展示室へ移設されたのだ。
室内では、どうも窮屈そうで、イマイチ元気がないように見える。

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元々は、荒神社(こうじんじゃ)=今治市菊間町浜船ヶ浦=の拝殿前に鎮座していた。
台座も高く、ざっと3メートル級。神社の守りとしては迫力十分の姿だったろう。

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製作されたのは、昭和21年1月。“鬼師”で、現代の名工にも選ばれた光野貫一郎さんの叔父、光野亀太郎さんが造った。
加茂神社の瓦製の神馬(現在は頭部のみ残存)を造った人だけにさすが、見事な出来栄え。均整のとれた体躯、瓦製なのに動き出さんばかりの迫力がある。

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荒神社は、「火の神」「かまどの神」といわれ、火にかかわる人たちの守り神。瓦産業の菊間の人々の信仰を集めている。
拝殿の手前、左右の盛り上がったような場所に以前は一対の狛犬がいたのだ。

“室内狛犬”では、ちょっと納得できない人に向けて、近日中に菊間の別の神社に鎮座する瓦製狛犬を紹介する予定。また、荒神社には、もっとびっくりの瓦製のものがある--。これも近日公開予定。

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荒神社への交通ガイド:松山からなら国道196号で、左手の海側に見える「菊銀」の大きな看板が目印。その看板の手前約10メートルの山側に車1台分の山道がある。その道を1分程歩くと、線路わきに荒神社の鳥居が見えてくる。神社へは、踏切のない線路をまたいで行く。すぐ近くに石転山トンネルがあり、その向こうが菊間駅。特急が音もなく、神社前を突っ切るから、神社に行かれる方は、くれぐれも左右確認を怠りなく。

なお、瓦製狛犬は、瓦の産地周辺にあると見られ、なかでも三州瓦の産地に近い愛知県西尾市には元禄14年(1701)の刻文がある50センチ級の一対のものがあり、同市の文化財に指定されている。

【かわら館(今治市菊間町浜3067)】午前9時-午後5時、月曜休館、観覧料大人200円


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菊間駅前に、レトロ感あふれる大きな民家がある。
今治市菊間町のJR菊間駅前通りに、レトロ感あふれたすごい民家がある。
とにかくでかい、入母屋造りの2階建て。2階の壁面に、松の形の変わった窓が個性的。
ざっと90年余前の大正末期の建築と見られる。
老朽化が目立ち、早晩解体される運命。見るなら今のうちだ。

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建築時、この建物は、何だったのだろう?。
2階の窓デザインから、旅館か料亭だったのではないか、と思ったら所有者に言下に否定された。
「ウチは曾祖父の代から、運送業。1階が荷物処理の場で、2階は家族の住居だった」
2階の壁面には、「日本通運」のトレードマークの「通」が誇らしく大きく描かれている。

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正面玄関上には、「日本通運取扱店 東予運輸有限会社」「菊間駅荷物配達取扱所」など、運送業の看板が4枚も掛かっている。ここに書かれている東予運輸の実質的な本社が、この建物で、経営者が濱田さん。
社長がお父さんで、4人のきょうだいが力を合わせて営んできた。特にミカンの輸送時には大繁盛し、その時期以外はペリカン便を主体に順調に売り上げを伸ばしてきた。しかし、国鉄民営化や競争の激化で今から15年ほど前に、運送業は廃業したという。
お父さんは昨年亡くなり、その息子さんはこの建物について詳しい話を聞いていないが、「菊間駅の開業(大正14年=1925)より前にこの建物はあったと伝えられている」という。

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駅前の表通りの角地に圧倒的な存在感を見せつける濱田邸。

町の繁栄を最も身近に見続けてきた建物、今廃業となって佇む姿は、“夢の跡”のような寂しさが漂う。雨漏りなど各所で傷みも目立ち、「修理より解体の方が安上がり」の見積もりも既に出たという。ローカル運送業の歴史を秘めた建物が、ここ数年で静かに姿を消そうとしている。

菊間は国鉄菊間駅開業後、鉄道用燃料石炭の貯炭場もでき、これにより海運業者が大型船に転向、飛躍的に業績を伸ばすなど、鉄道開通によって町の繁栄に拍車がかかった。古老は「駅前には大きな料亭や旅館が何軒もあって、芸者もいてにぎやかだった」と懐かしむ。しかし、繁栄は長く続かなかった。菊間の人口は昭和30年(1955)の12,587人をピークに、減少の一途。平成20年(2008)には、7,120人と、半数近くに減ってしまっている。町並みに商店が多く、繁栄時を彷彿させる感じだが、残酷なことに今では廃業の店舗があちこちに見える。菊間町は、平成17年(2005)に今治市と合併した。

参考文献:菊間町誌、菊間町誌続編

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