レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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愛媛で最古の三間社流造の本殿(東温市・三島神社)
東温市則之内の国道11号線から、10メートルほど脇道に入ったところ。
こんな身近なところに、国指定、県指定、市指定の3つの文化財を持つ由緒ある神社がひっそりと佇んでいるのをご存じだろうか。
三島神社という。同名の神社は県下に100以上もあるから、「旧川内町」の三島神社と言えばいいだろうか。
観光地化していないこの神社は、不気味なほど静か。
国の重要文化財に指定されている「三間社流造(さんげんしゃながれづくり)」の美しいフォルムを持つ本殿を、ゆっくり見てみませんか。

  DSCF0008.jpg
横から見ると、ひらがなの「へ」の字のような屋根が流造で、神社の本殿形式では全国的に最も多いタイプ。
反った屋根が前面に長く伸び、その曲線が美しい。
三間社というのは、正面に柱が4本あり、柱と柱の間が3間あるから三間の社という。他には、柱が2本の「一間社」や柱6本の「五間社」というのもある。
この三島神社は、三間社流造、銅板葺きで、14世紀中期の室町時代前期の建築と推定され、三間社流造では県下最古の建築といわれる。

  DSCF0011.jpg
  DSCF0010-002.jpg
正面には、柱が4本あり、屋根の形状と合わせて、三間社流造とわかるだろう。
また、他の柱が円柱なのに、この柱は角柱。これがこの建築の特徴でもある。

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屋根の妻飾りとなっているのが、懸魚(げぎょ)という火除けのまじない。なぜ懸魚というか-、木造の建物を火災から守るため、水に縁のある魚の形をした飾りを置いたというのだが、多くの懸魚はあまり魚に見えない。事実、これは形状から「蕪(かぶら)懸魚」といい、野菜のカブの形をしているようだ。当初は魚だったものが、だんだん植物などに変化して行ったが、懸魚という名前だけはそのまま残ったということか。
専門的には破風の下の拝みのところにあるのを、「拝(おがみ)懸魚」、破風の中ごろの桁の端にあるのを「降(くだり)懸魚」という。懸魚には、棟木の切り口を隠す役割を持っている。

*長くなったので、県指定と市指定の文化財については、次回。

所在地:東温市則之内乙。(松山から国道11号の川内インター口を過ぎて約800メートル。右側に見える。)

参考文献:「東温市の文化財」(市教育委員会)

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登録文化財の豪農「河内家」住宅を見た。(内子)
内子町五百木の国道56号、そばを流れる中山川の向こう側に大きな屋根が見える。
通るたびに気になっていたが、車の流れに乗ってついつい通り過ぎてしまっていた。
内子の資料を見ていたら、この建物は登録有形文化財になっている屋敷だとわかった。

そうなると、見に行かねばなるまい。今度こそ国道から外れて、橋を渡り、川の向こう側へ車を向けた。
すぐに見えてきた。これが、大きな屋根の“正体”だ。

  DSCF4158.jpg
  DSCF4145.jpg
この地方の豪農、河内(こうち)家の住宅主屋だ。

2011年5月の「IRC」(いよぎん地域経済研究センター)の「愛媛の登録有形文化財」(岡田栄司氏)によると、
「河内家は江戸時代末期に大阪から移住し、現在の大洲市新谷に本家を構え、地主農家として生計を立てていた。明治初期には油の売買と木蝋の生産・輸出で財を築き、河内正行が内子五百木にあった江戸時代後期に建築されたと推定される高橋家の庄屋屋敷を購入して移住し、現在の主屋等を建築したと伝えられる。その後、数回の増改築を経て現在に至っている」
という。

  DSCF4142.jpg
いまある主屋は、明治27年(1894)の建築。木造つし2階建て入母屋造り桟瓦葺き。

  DSCF4129.jpg
主屋中央部には、出格子を構え、また武家屋敷にみられる式台もある。式台とは、玄関先に設けた板敷きの部分で、身分の高い人の公式の出入り口で、一般の農家にはないものといわれる。
非公開ながら、内部の座敷が優れているといわれ、文化財リストによると、「近代の大規模な農家建築で、上質な座敷を残す」と評価されている。

  DSCF4137.jpg
単なる井戸と思いきや、これも立派な登録有形文化財。
主屋の南側にある。花崗岩を井桁に組み枠石とし、周囲には大きめの青石を敷いて洗い場としている。
さらにその四方に方柱を立て、切り妻桟瓦葺きの屋根を設けている。
明治期の生活の一端がうかがえると評価されている施設である。

  DSCF4138.jpg
もうひとつ登録文化財になっているのが、この土蔵。(ちょっと写真写りが悪いのだが、)。
木造2階建て。2階は1室で、1階は3室にわかれ、中央が板の間でその左右は土間という構造になっている。土蔵は、豪農の屋敷を構成する一要素となっている。河内家は、主屋、井戸、土蔵の3件が登録有形文化財、明治期の豪農の生活ぶりを今にうかがわせる数々である。

  DSCF4153.jpg
所在地:内子町五百木123-1
国道56号を松山から南予へ向かう。内子「道の駅からり」の手前1キロのここが、河内家へ向かう交差点。バス停「岡町口」のあるところ。中山川方面へ左折すると、すぐに河内家の建物が見えてくる。

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亀岡酒造(現・千代の亀酒造)の旧社屋で虫籠窓を見てみよう。(内子)
内子町(旧五十崎町)平岡の古きものを尋ねる旅の最後は、亀岡酒造(現・千代の亀酒造)の旧社屋だ。
香林寺の前の道を右側へ進むと、岡森神社の鳥居が見え、その隣にあるのがこの造り酒屋。
享保元年(1716)創業という。県下でも有数の老舗蔵元。
いかにも蔵元らしい漆喰壁、2階中央部の虫籠窓(むしこまど)がいい味を出している。

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亀岡酒造は、平成25年(2013)8月1日に新しい社屋に移転するとともに、社名を「千代の亀酒造」と変更した。
今、この旧社屋は、倉庫などとして使われている。

懸魚の部分に描かれているのが、漆喰彫刻「こて絵」の鶴、その下には、梁隠しの亀がいる。
一部漆喰が剥げ落ちて、傷みが目立ちだしている。
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レンガの煙突が酒造りの名残を示す。

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愛媛の造り酒屋は減少の一途だが、亀岡酒造は地元の酒米と水にこだわり続け、昭和50年(1975)から他社に先駆けて、吟醸酒をつくるなどの経営努力で成長している。
銘柄は代々続く「千代の亀」をメインに、その純米吟醸ひやおろし、純吟火入、さらに長期熟成生酒「銀河鉄道」などがある。
旧社屋所在地:内子町平岡甲1592-1
新社屋は内子町平岡甲1294-1

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