レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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総森三島神社の本殿(砥部町)彫刻を見る。長州大工の技と美-6-
総森三島神社(伊予郡砥部町総津)の本殿は、別の建物によって囲われている。
このため、建物の彫刻を撮影するのはなかなか難しい。
狭い空間から覗き見する。誰かが見たら、いかがわしい奴に見られるかも。
無理して色々見たら、この彫刻は、長州大工の代表格、門井友祐の作品と特徴が似ており、彼の作に間違いないように思う。

  DSCF0482.jpg

正面の向拝部分に多彩な彫刻がみられる。

 DSCF0428.jpg


木鼻に見られるのは、まぎれもなく長州大工、それも門井家伝来のあの巨大な龍のフォルムだ。
この”巨大龍”が木鼻にあるのは、明治20年代の作品に限られる。
つまり、友祐の20代の若いころのもの。このころは、思い切り派手に、人目を引くことを狙ったように思う。
初期の作品を”大道芸人の作”と、称する研究者がいる。出稼ぎに来ていた長州大工にとっては、神社建築の仕事を取るために、人目を惹くような彫刻が必要だったといえよう。彫刻で驚かせて、人々の話題になることを狙い、商売に結び付けていったのだろう。

しかし、キャリアを積むにつれ、友祐の作風に変化がみられる。
30代にはいると、木鼻から巨龍が姿を消し、籠彫りの花など、落ち着いたより精巧な作品に向かっていくのである。


  DSCF0426.jpg

脇障子の彫刻。
  DSCF0457.jpg

龍や鳥、三猿など、いたるところに彫刻が施されている。  
  DSCF0467.jpg



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総森三島神社・拝殿(砥部町)、長州大工の技と美-5-
伊予郡砥部町総津は、旧広田村に該当する。どこも、山また山の緑いっぱいの静かな地域だ。
その高台に、総森三島神社が木々にすっぽり囲まれ、隠れるように建っている。

この付近一帯には、やたらに三島神社がある。この総森三島神社は、総津の森の三島神社という名前のようだ。
明治期、この山間地では、長州大工が次々と神社を建てていった。総森三島神社も彼らの手になったものと思われる。
見事な彫刻のある拝殿と本殿の二つの建物を2回に分けて紹介しよう。
今回はまず、拝殿から。

  DSCF0384.jpg
広い舞台があり、絵馬や36歌仙額、俳額などが所狭しという感じで飾られている。
  DSCF0409.jpg

正面の唐破風が曲線の美しさを醸す。
向拝には多彩な彫刻でぎっしり埋まっている。
唐破風懸魚(-げぎょ)とか、兎の毛通(うのけどおし)といわれる部分には、鳳凰が舞う。
蟇股(かえるまた)の部分には、龍が描かれている。
  DSCF0424.jpg

そして、木鼻には獏(ばく)と獅子。
蟇股の龍、さらにこの木鼻の出来栄えについて、どう思われるだろうか。

この彫刻には、大胆で自由奔放な作風が感じられない。こじんまりと枠に入ったように感じるのは私だけだろうか。
これは長州大工の作品ではない気がする。(棟札など裏付けるものがなく断定できないが。)
もし、長州大工のものだとしても、そのエース・門井友祐の作品ではないように思う。
ただ、獏にみられるように、これには現代アート的な彫刻の美が感じられる。
作者不詳だが、見方によっては、時代を先取りした作品かもしれない。

  DSCF0392.jpg

同神社境内に掲示されている案内看板。拝殿、本殿ともに砥部町指定文化財。

  DSCF0411.jpg

次回第6回は、総森三島神社の本殿を見る。ここには、門井友祐の特徴ある彫刻があった。

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