レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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千島艦事件の光と陰  Ⅲ
Ⅲ、子規と千島艦事件
浄福寺にある子規の句碑


 松山市堀江町の浄福寺境内にある「千島艦遭難碑」のすぐ隣に、正岡子規の句碑が建立されている。「もののふの河豚(ふぐ)にくはるる悲しさよ」。千島艦衝突・沈没の惨事を詠んだものだ。子規と千島艦、何の関係もないようで、奇妙な縁でつながっている。

 子規は東京大学を中退して、明治25年(1892年)12月1日に日本新聞社に入社した。その記念すべき日に飛び込んだニュースが、前日の未明に郷里の沖合で起こった千島艦沈没事故だった。サラリーマンとして、また記者としての初仕事が、この大惨事を“俳句時事評”という形で書くことだった。
 新聞「日本」(明治25年12月2日付)に、「海の藻屑」と題して掲載された初原稿、その文末に添えられた俳句が「もののふの・・・」の句である。

 ◎海の藻屑
 奔浪怒涛の間に疾風の勢を以て進み行きしいくさ船
 端なくとつ国の船に衝き当るよと見えしが
 凩に吹き散らされし木の葉一つ渦巻く波に隠れて跡無し。
 軍艦の費多しとも金に数ふべし。数十人の貴重なる生命如何。
 数十人の生命猶忍ぶべし。彼等が其屍と共に魚腹葬り去りし愛国心の値問はまほし。
 ものゝふの河豚に喰はるゝ哀しさよ


 句碑に使われている句と若干、字句が違っていることにお気づきだろうか。この新聞に掲載された句が、子規句集「寒山落木」に掲載された時は、“千嶋艦覆没”という詞書(ことばがき)がつき、「哀しさ」が「悲しさ」などに修正されている。句碑では、句集掲載の自筆の句を拡大して使っている。

 一瞬どきっとする句で、子規の句としては異質のものに思える。この句について、句碑の除幕式(昭和43年11月30日)で、当時の松山子規会の越智二良会長(故人)は、次のように解釈されている。
 「有為の帝国の軍人が海底に沈んで、海の藻屑となり魚の餌食となる。何といたわしい悲しいことであろう」。さらに「悲しいというよりも、もっと強い憤り、怒りという国民の気持ちが、この句の中に込められ、ほとばしっている」という。

 この句碑は、堀江校区老人クラブ連合協議会(当時・石丸修次郎会長)が明治100年の記念事業として計画し、建立された。
 子規の句碑は、日本中に数多くあるが、時事問題を詠んだ句は、これが唯一のもの。異彩を放つ句碑である。


【浄福寺への交通ガイド】松山中心地からだと、国道197号から松山市平田町、松山北条バイパスには入らず、県道347号へ直進。「かまはちうどん」のある堀江交差点をさらに直進、約200メートル行き、モービル石油前の、駐車場とフェンスで囲った空き地の間の道を左折、約300メートル直進すると浄福寺に着く。

(参考文献:郷土誌千島艦号追録、子規句碑建立記念号、昭和44年)



(第4部、「西条に犠牲者の碑」は、3月中旬掲載予定です)
 


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