レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
プロフィール

まくり王

Author:まくり王
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



訪問No.



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



日本最古の現役ループ線トンネル「千賀居隧道」(八幡浜)
鉄道や道路で急なこう配を緩和するため、ぐるぐる回って登っていくのがループ線。
日本で最も古い現役のループ線のトンネルが、愛媛の八幡浜市に残っている。
国道197号線の旧道の夜昼峠に架かる千賀居(ちがい)隧道。明治38年(1905)の完成だから、109年も現役を続けている。
外観はシンプルながらどっしりと風格がある。内部はレンガ造り。長さ17メートル、車道幅員4・8メートルのこじんまりとしたトンネルだが、明治の香りが漂うような雰囲気を持っている。
土木学会は近代土木遺産のBランクにしているが、歴史的価値としてはAランク級に値する貴重な存在と思う。

  DSCF3049.jpg
夜昼峠の近くにあるから、一部では「夜昼隧道」とも言われるが、このトンネル近くの人によると「ここは昔から千賀居隧道と言ってきた。峠のところに千賀居森神社があり、この千賀居をとったもの。夜昼隧道というのは今の国道197号にあるトンネルのことで、旧道のここを夜昼隧道とは言いません」。

  DSCF3050.jpg
この路線は旧府県道大洲・八幡浜線で、明治40年(1907)に開通した。つまり、道路よりトンネルが一足早く、2年前に完成しているから、大量のレンガは里道を馬で運んで築きあげたという。全線開通してからは、乗合馬車が鈴を鳴らしながら走り、ここは当時の幹線道だった。
急峻な峠道だったため、ループ線にしてトンネルを造った。鉄道のループ線は明治42年開通の肥薩線が最古のものだから、千賀居隧道はその4年前に採用されていることになる。このループ、地図で見ると、トンネル地点の道がクロスしている(つまりトンネルの上部が道になっている)からループになっているのが分かるのだが、実際に走ってみると、この構造に意外と気づかない。

昭和37年に2級国道大分・大洲線となり、昭和40年に国道197号になったのだが、昭和46年(1971)に新しく夜昼トンネル(2,141メートル)の開通に伴い、千賀居隧道の道は旧道に“転落”、市道白尾夜昼峠線となった。今では通行量は極端に減っている。

  DSCF3064.jpg
トンネルの左側には、当時の石垣が残っている。さすが、プロの技が見て取れる。

  DSCF3061.jpg
内部はレンガ造り。垂直の壁面はイギリス積み(小口だけの段と長手だけの段が交互に続く)。アーチの曲面は長手積み(長手だけの段を積み重ねる)となっている。積み方としては、標準的なものだ。

  DSCF3057.jpg
大洲側から撮影。扁額は見当たらない。付け柱や要石(アーチの最上部にはめ込まれた石)などの装飾的な部分はほとんどなく、実にシンプルなデザインになっている。

交通ガイド:国道197号、八幡浜市の千丈小学校から旧道に入り、道なりに峠に進む。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村

愛媛県 ブログランキングへ
スポンサーサイト


コメント

 中学校の修学旅行は、できたばかりの夜昼トンネルをバスで抜けて、八幡浜から船に乗りました。もし1年早かったらこのトンネルを通ったのでしょうか。いや、国鉄で行ったかもしれませんね。いずれにせよ、このトンネルのことを知ったのは、かなり後のことです。
 よく見てみると、ループの上と下の道の差があまりありませんね。ループ目的でなかったら、切り通しにしていたかもしれない感じです。工事は、トンネルの形で進めたんでしょうね。一度彫り込んでからこの形にしたのなら、「橋」ですもんね。しかし、トンネルにするには上部の土が少なく、逆にやりにくかったような気もしますが・・・。
[2014/07/28 16:41] URL | 以志橋福助 #- [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://makuriou.blog.fc2.com/tb.php/110-b4d609c4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)