レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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存続は風前のともしび、松山市三津浜の洋館
 松山市の三津浜地区は、知る人ぞ知る「近代化遺産」の宝庫の町である。

濱田医院/2013.4.1撮影
    (建築から約90年、屋根や窓などの傷みが目立つ旧濱田医院の建物=松山市住吉2丁目)

 戦災を免れたため、明治から昭和初期にかけての建築物が数多く残っている。そのうちの一つの洋館は、老朽化が進み今や存続は風前のともしびである。今見ておかないと、再び自分の目で見ることはできないだろう。(平成25年4月1日撮影時点)

 この洋館は、三津浜地区のほぼ中央にある旧濱田医院の建物。古い和風の民家の目立つ三津浜地区だが、その中で大正ロマンのムードを漂わせ、ひときわ異彩を放っている擬洋風建築(日本の大工棟梁が、見よう見まねで洋風を表現した建物)だ。内科・産婦人科医の濱田徳次郎氏が建てた。建築年は明確ではないが、大正12年(1923年)から大正15年(1926年)のモノと推定される。徳次郎氏は、昭和47年(1972年)までざっと半世紀にわたって地域医療に貢献してきた。

 2階建ての屋根下に「濱田医院」の文字が刻まれ、見ただけで医院とわかるし、建物自体の雰囲気も病院らしさを漂わす。入り口にレンガの門柱、鉄製のフェンス、前庭にはヤシの木が伸び、洋風に彩りをプラスする。

 しかし、閉院してから放置された状態が続き、今では建物の傷みが激しくなっている。ガラスは10枚ほど割れているし、特に屋根の傷みが目立ち崩壊の危険性が出てきている。また、しっくいもはげ落ちつつある。立ち入り禁止の柵で囲われ、いつ解体作業に入ってもおかしくない。本当に、今見ておかないとー、である。
 松山市内でここ5,6年内になくなった近代化遺産といえる建物は、立花の洋館・T氏邸(昭和9年建築)、道後湯月町の旧遊郭「朝日楼」(大正初期建築)などがある。まだあるだろうと思って見に行ったら、駐車場に変わっていた光景は、本当にショックなものだ。

 旧濱田医院の場所は、松山市住吉2丁目2-20。伊予銀行三津浜支店の交差点を西へ約500メートル、正覚寺のある押しボタン式信号交差点を北に入り、最初の交差点を西へ曲がり、30メートル進めばそこが、旧濱田医院。この付近を含め、三津浜地区は、道が狭い。三津浜の古民家を見学するなら、車は離れたところに止めて歩いて見学することをお勧めする。

 気候も良くなって、三津浜の古い建築物を散策するのはどうだろうか。有名な見どころは、登録有形文化財の石崎汽船本社ビル(大正13年)と森家住宅(昭和4年)だが、三津浜の通りを歩くといたるところに大正や昭和初期の建物がある。結構見あきない。洋館も旧石川医院(昭和初期)が“健在”だし、松山西警察署近くには、旧白楊会館(昭和9年)があり、ここは洋食屋「からす」として盛業中だ。
 
 

 
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