レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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坂本一平の造った愛媛最古の充腹アーチ橋「御三戸橋」(旧美川村)
愛媛で最も古いコンクリート充腹アーチ橋は、久万高原町美川の御三戸嶽近くにある「御三戸橋」だ。
今から90年余前の大正11年(1922)6月の完成。
これも本県コンクリートアーチ橋の先駆者・坂本一平(愛媛県技師)の作品。
国道33号の付け替えで、メーンルートからは外れたものの今も現役で使われている。

  DSCF3966.jpg
アーチは、側面の仕上げ方によって、壁面仕上げの充腹アーチと、柱列状に垂直材が並ぶ開腹アーチに分類される。
充腹ではこの御三戸橋、開腹では有枝橋(旧美川村)が本県では最も古いが、いづれも大正11年の完成。そしてともに坂本一平技師の設計だ。つまり、本県のコンクリートアーチ橋は、坂本技師の手で開花していったことが分かる。

坂本は、明治44年(1911)から大正12年(1923)まで愛媛県職員。そのうち大正10年から12年まで土木技師となっており、大正期のアーチ橋は彼の影響が色濃い。その後、彼は茨城県技師、群馬県土木課長を経て、昭和9年には福岡県土木部長に栄転している。

  DSCF3961.jpg
橋長は31・2メートル。親柱の書体いいですね。
  DSCF3962.jpg

充腹アーチより開腹アーチの方が、美的には数段優れているように思う。
それなのに、昭和初期までは、充腹が開腹より圧倒的に施工数が多い。当時は充腹の方が設計施工の両面で容易だったからだ。
しかし、その後は普及につれて支間長も伸び、死過重が少なくなって経済的になったことで開腹アーチへ比重が移った。
戦後は圧倒的に開腹アーチが主流になっている。

参考文献:愛媛県の近代化遺産(愛媛県教委)、「わが国におけるコンクリートアーチ橋の発展」(土木史研究、講演集、Vol.24、2004)紅林章央、前田研一、伊東孝

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