レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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川登の水車小屋を見た(砥部)
水車といえば、童謡「森の水車」を連想してしまう。

「コトコトコットン コトコトコットン」のフレーズが思い出されるが、
ここ砥部町の「川登の水車」は、牧歌的なモノとは雰囲気を異にする。

水車を利用して、穀物ではなく、砥部焼の原料の陶石を砕いていた。
江戸から明治期にかけて、砥部川流域で通算48基あった水車。が、今残るのは、ここだけになった。
その光景がこれだ。

   DSCF0460.jpg
DSCF0459.jpg
この水車、直径5.2メートルもあり、別名・太鼓水車ともいう。
明治中期に設置され、当初は松材を使った木製だったが、大正末期に鉄製に変わった。

川から引いてきた水を水車の上部にかけて、水車を回す。仕組みは単純だが、その馬力は最大10馬力もあるという。

回転運動を、上下運動に変える。杵を上下させて、陶石を砕く(乾搗=かんづき)と、水の中で砕いて粘土分と砂を分離する(水搗=みずづき)の装置を左右対称に配置し、1か所で同時に行えるようになっている。

初期の水車は、乾搗と水搗がそれぞれ別のところで行われていたが、ここのように生産工程を集約することによって、効率的に砥部焼の陶土が作られるようになっていった。
桁行10間、梁間2間の木造平屋建てのこの水車小屋は、平成15年(2003)に登録有形文化財となっている。
砥部焼を下支えした貴重な産業遺産なのだ。

  DSCF0445.jpg
見学者の多くが、川側から水車小屋を撮影して帰る。だが、この施設は内部を見学できる(ひと声かけて)。

ただ、内部は雑然としていて、足元注意だ。それでも、昔の雰囲気は十分に伝わってくる。
今も残る陶石を砕く杵。歴史を伝える品々がゴロゴロしている。

  DSCF0450.jpg
この大水車はメンテナンスも大変。これまでに鉄板を2回張り替え、ペンキも塗り替えしてきたが、もっと大変なのは、台風で川床に土砂が堆積し、その取り除きに追われること。水車屋さんは大変だった。
昭和になって、共同製土所が出来てから、水車が次々と姿を消していくことになった。

この川登の水車も今から十数年前に動きをとめた。

一時は“水車銀座”と言われたこの流域なのだが、このままでは、この水車も姿を消すことにならないか。
所有者と地域、砥部焼関係団体、それに行政の力で水車小屋を整備保存し、もう一度動かすことはできないものだろうか。

所在地:伊予郡砥部町川登708
参考文献:IRC2005年7月「愛媛の近代化産業遺産を訪ねて、登山窯水車小屋」(黒田明良)
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