レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
プロフィール

まくり王

Author:まくり王
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



訪問No.



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



廃橋アーチ「河口橋」の今を見た。(西条市)後編
西条市の石鎚山ロープウエー乗り場に向けて県道12号を行く。
三碧橋から約100メートル行った地点で下の加茂川を見たら、河口橋(こうぐちはし)のすさまじい現状が見える。
90年前のコンクリート製アーチ橋だが、一方の親柱の根元付近がえぐられるように崩落して、まるで空中に浮いているよう。昔の道路に渡ることさえ、できなくなっている。

  DSCF1113-001.jpg
橋は大正14年(1925)9月に完成した。
コンクリート充腹アーチ橋で、大正期のモノは現在、愛媛県下には4か所しか残っていない。
残念ながら、道路の付け替えでその使命を終え、もう半世紀近くさびしい余生を送っている。

  DSCF1087.jpg
橋の上は、雑木・雑草の繁殖地と化し、我が物顔で勢力を競っている。

  DSCF1091.jpg
橋自体はまだまだとても強靭のよう。雑木をかきわけて進み、向こうに渡ろうとした。
が、「あっ、道がない」。
橋の親柱は見えるのだが、そこで突然、道が無くなっていた。
ちょうど親柱の根元付近で、道路崩落が起こり、親柱のところで鋭くえぐられているのだ。
近くよりも、県道上からの方がよくわかる。それが下の写真。

  DSCF1118-001.jpg

  DSCF1119.jpg
右側の親柱は、刻まれた字が読めそうな気がする。
望遠で撮影して拡大してみた。

  DSCF1124.jpg
下部の「は」と「し」は判読できる。
あと一番上の字がはっきりしないが、「○・は・く・ち」となっていて「はし」と続くような気がする。
○は漢字から推定すると「か」か。すると、この橋の名前は「かわぐち橋」なのか?。

ここの地名は、河口と書いて、「こうぐち」と読む。だから、一般に「こうぐちはし」と言われていたのに。
??。
どなたか精度のいい望遠レンズで撮影して、解読し、ついでに謎解きもしてみてください。

DSCF1111.jpg
(県道12号線から下の加茂川を覗くと、見捨てられた近代化遺産が隠れている)
DSCF1102.jpg
(河口橋の下流から見た河口橋。その上に見えるのが付け替えられた県道12号)

ここの川の美しさもわかっていただけただろうか。
この一帯は三碧峡(さんぺききょう)という。
流れる清流の青、伊予の青石といわれる岩肌の青、樹木の緑-、この“三碧”が魅力の渓谷だ。
これに、今回紹介した素掘りの2つの隧道、河口橋の近代化遺産が見どころに加われば、観光スポットにもなりえるのではないだろうか。行楽の季節になれば、ぜひドライブ気分で河口橋を見に行ってみてください。
ただし、暖かくなるにつれ樹木がさらに茂って視界を妨げ、またひょっとしたらヘビも出るかも。ご注意を。

(注)コンクリート充腹アーチ橋=充腹とは側面が壁状になっている方式。それに対するのが開腹で、側面が垂直材で柱状になっている。大正期は充腹が多いが、その後は逆転する。
愛媛のコンクリート充腹アーチ橋は、最も古いのが大正11年6月の御三戸橋(旧美川)。次いで同年の三和橋(旧川内)、大正14年8月の杣川橋(旧面河)と続き、この河口橋が大正14年9月で4番目に古い。

参考文献:「愛媛県の近代化遺産」(県教委)
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村

愛媛県 ブログランキングへ
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://makuriou.blog.fc2.com/tb.php/161-11dafd8a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)