レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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見た事ありますか、石灯篭ならぬ“瓦灯篭”。今では貴重な文化財。(菊間町)
石灯籠は誰でも見た事があると思う。
だけど、黒光りのする「瓦で造った灯篭」を見たことはあるだろうか?。

愛媛は、瓦の産地・菊間町(現・今治市)があり、その国道端に瓦製の灯篭が置いてあったりする。だから、あまり珍しいものでないように思われるかも知れないが、全国の瓦産地を中心に調べていったら、これが大変な存在で、全国的にほとんど残っていないことがわかった。
菊間以外で現存が確認できたのは、何と遠く宮城県にある1基のみだった。

菊間の瓦灯篭を訪問するとともに、東北に残る貴重な1基を見てみよう。

まず初回は、 【1】荒神社の瓦灯篭 =菊間町浜(西海岸)。
  DSCF3353.jpg
これが今から185年前の天保2年(1831)に瓦製造業者によって寄進された瓦灯篭だ。
高さは2メートル75センチ。荒神社の本殿に行く手前、丘の中腹にある。
浮き彫りの蓮弁模様の装飾、祭りのみこしのような笠の形、堂々として見事な工芸品と言っていい。
今治市指定の有形文化財になっているのも当然だろう。

  DSCF3359.jpg
  DSCF3351-001.jpg
灯篭の灯りをともすところを火袋(ひぶくろ)というが、ここには金刀比羅宮の「金」、荒神さまの「荒」、奉納の「奉」の字が彫られている。
火袋の下が中台だが、その部分には、蓮の葉や花弁が浮き彫りで描かれ、またみこしの屋根のような笠の部分には蕨手も置かれ、さらに請花を置いて、そこに高く宝珠を置いた。手抜きのないしっかりとしたつくりだ。

  DSCF3355-001.jpg

    DSCF3357.jpg
竿の部分に寄進された天保2年9月の年月や、基礎の部分には寄進した瓦業者の名前が列記され、末尾にはこの灯篭を細工した伊三良(いさぶろう)という人物の名前も刻まれている。

荒神社はカマドや火の神といわれ、製瓦業者の守護神。
菊間瓦の創始は鎌倉時代の弘安年間(1278-1287)といわれ、ざっと730年余の歴史がある。松山藩の53の瓦師の株のうち、26軒が浜村(菊間)に集中し、ここが工業地帯になっていた。全国に瓦の産地は多々あるが、瓦の灯篭なんて全く存在しないところが多い。菊間の瓦産業は、長い歴史を持ち、瓦に対する愛着も深い。加えて鬼瓦も手掛けていたことから、細工物を作る技術力があったこともあって、瓦で灯篭を作って寄進しようとの発想も生まれたのだろう。
  
  DSCF3339.jpg
荒神社の参道の真ん前には、鉄路が横切っている。信号機はない。これは参道だった場所に予讃線が開通したためで、奇妙な形になっている。左右に気を配りながら線路をまたいで渡らねばならない。もし行かれる方は、事故に十分気を付けてー。

*瓦灯篭について: 灯篭とは、「照明用具のひとつ。火が消えないよう木枠と紙などで囲ったもの」といわれ、幅が広い。屋内で用いる行灯も灯篭になる。だから、瓦灯篭(瓦製灯篭)といわれるものの中には、筒状のものや火袋だけの小型のものも称されることがある。しかし、本稿でいう瓦灯篭とは、「石灯篭と同形式の屋外の固定式のもので、高さ1メートル程度以上のもの」に限定して記述しています。

参考文献:菊間の文化財(町教委)、菊間町誌

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