レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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松山市北条には江戸末期の瓦製狛犬がいる。(荒魂神社)
瓦で造った狛犬を瓦の産地・菊間でたどってきたが、菊間以外にも瓦製狛犬がいる。
旧北条市の松山市善応寺185、荒魂(あらたま)神社。
ここの本殿前にいるのが、大きなどんぐり眼が特徴の狛犬。
江戸時代末期の由緒あるもので、身体に朱が塗られている珍しいタイプだ。

  DSCF3772.jpg
  DSCF3758-001.jpg
本殿前で、今は立派な御影石の台座に乗っている。高さ約70センチ。

  DSCF3759.jpg
向かって左側の吽形(うんぎょう)は、座っている瓦製台座の一角が破損している。

  DSCF3762.jpg
右側の阿形(あぎょう)。どちらも、顔を直角に曲げて正面を向いている。
なんといっても目が、あの土偶の目のようにでかい。

  DSCF3789.jpg
もうひとつ、ここの狛犬は朱で塗られていたようだ。今もところどころにその痕跡が残る。

  DSCF3782.jpg
  DSCF3776.jpg
銘が刻まれている。
「文久3年(1863)9月吉日 氏子中」(阿形)、「世話人 石丸光治 細工 則門栄十良」(吽形)。
年号は、明治から、慶応、元治、文久、万延、安政とさかのぼっていく。
つまり文久は、江戸時代の末期。
北条では、藩政時代の初めに隣の菊間の影響で瓦製造が始まった。明治大正期には、県下で菊間に次ぐ瓦の産地になっていく。瓦は北条の大きな産業となっていた。このため、瓦関係者が瓦製狛犬を寄進したものと思われる。

  DSCF3815-001.jpg
本殿床下に置かれているこの箱のようなものは何か?。
実は、これが平成19年7月に、御影石の台座に変わるまで、狛犬がずっと座っていた台座なのだ。
箱も朱塗りにして、狛犬との一体感を出していたもののようだ。

  DSCF3814-001.jpg
新しい台座が出来た時、この箱型台座を捨てようとの話があったそうだ。
その時、古老から保存しておこうとの声が出て廃棄処分を免れた。
TVの「なんでも鑑定団」でもよく言われるが、箱は年代などの分かる貴重な品。この箱の内側には、制作年や制作者が記載されていたのだ。それによると、制作年は「慶応元年(1865)」、制作者名は「高市大工 鹿蔵」などが読み取れる。
時代の流れを推理すると、狛犬は奉納されてからしばらくの間、台座なしか、別の台座に鎮座していて、2年後にこの朱塗りの箱型台座に座るようになったようだ。

  DSCF3805.jpg
風情のあるたたずまいを見せる荒魂神社。

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