レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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川崎神社(伊予市)の龍と獅子。「長州大工の技と美-2-」
川崎神社は、伊予市中山町出渕2-60にある。菅原道真公を合祀し、天満宮ともいう。
小高い丘の上に、明治27年(1894)に拝殿と本殿が建築された。
本殿の棟梁は、長州大工として愛媛で最も活躍した門井宗吉、友祐の兄弟。腕前をフルに発揮した作品が並ぶ。
特に、木鼻の龍や獅子、脇障子に刻まれた友祐の力強い彫刻が見どころだ。

拝殿は、伊予市中山町に多い、平入り様式。

  DSCF0136.jpg

向拝の様子。
  DSCF0137.jpg

木鼻には丸彫りの獅子。目や口に着色がされていた。
  DSCF0139.jpg

流造の本殿。
  DSCF0157.jpg

木鼻には巻き付くように大きな龍が刻まれる。この一対の龍のフォルムは明治中期までの長州大工の作品に多く見られる。
   DSCF0178.jpg

↓ 本殿の脇障子(側面の縁の行き止まりのところに設ける衝立状の仕切り)にちょっと芸術的な彫刻が施されている。
この図柄は「馬上の神功皇后(じんぐうこうごう)」。

    DSCF0172.jpg
神功皇后とは、?。
古事記や日本書紀に登場する人物。日本書紀によると、仲哀天皇の皇后で、応神天皇の母となっている。妊娠中にもかかわらず、三韓征伐を指揮して勝利した逸話を残す。帰国後に出産して、この時誕生したのが応神天皇という。
明治後期には、逓信省発行の5円、10円の高額切手に肖像画が採用されている。
日本で最も多いといわれる「八幡神社」の祭神が、応神天皇と神功皇后。逸話が物語るように「武運長久」を願うには、格好の人物だったといえよう。

↓ もうひとつ左側の脇障子に描かれているのは、「幼帝を抱く武内宿禰(たけうちのすくね)」。

    DSCF0169.jpg
武内宿禰とは、神功皇后に仕えた伝説の忠臣といわれる人物。抱いている赤ん坊が後の応神天皇だから、三韓征伐から帰国して神功皇后が出産したのち、幼帝をあやしているシーンを描写している。2枚の脇障子は、一つのドラマでつながっている。
  
(次回、第3回は永田三島神社=伊予市中山町=を見る)

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