レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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山吹御前の神社を飾る彫刻(伊予市)。 長州大工の技と美-4-
木々に囲まれ、静けさに包みこまれたような山裾に、山吹御前神社が佇んでいる。
ここは、伊予市中山町佐礼谷丙1143。

明治27年(1894)に本殿も拝殿も長州大工が手掛けた。
あの門井友祐が大工棟梁として、手腕を発揮した。それだけに、本殿には数多くの彫刻が飾られ、すぐそばで見られる作品の数々をぜひご覧ください。

  DSCF0255.jpg

まずは、拝殿から見てみよう。
拝殿の木鼻を飾るのは、左側が丸彫りの獅子と獏(ばく)。右側には親子獅子を描く。

木鼻の彫刻によく登場する一見、象のような姿をしている獏とはどんな動物か。
これは中国伝来の想像上の霊獣だ。魔除けの力を持つという。日本では、悪夢を食べるともいわれ、一般化しているが、これは伝来の際に誤って獏の力とされたもの。中国にはその言い伝えはないようだ。
獏の姿は、「鼻は象。目は犀(さい)、尾は牛、足は虎、全体の形は熊」だそうだ。

  DSCF0262.jpg

この親子獅子は秀逸な出来栄え。生き生きとした表情が光る。
   DSCF0265.jpg


本殿の向拝には、長州大工特有の龍が正面を向いてにらんでいる。前回紹介した川崎神社と同タイプのものだ。
  DSCF0296.jpg

左側は、龍と松。右側は、龍と鷹。
  DSCF0270-001.jpg
  DSCF0275.jpg

基壇の部分は様々な彫刻で飾られている。
  DSCF0284.jpg

脇障子には、八岐大蛇退治など、門井友祐が存分に彫刻の腕を発揮している。
  DSCF0280.jpg
  DSCF0290.jpg

ところで、山吹御前を知っている人は今どの程度いるのだろうか。
かくいう自分も、確か木曽義仲の愛妾?ぐらいの知識しかない。
急きょ、ネットで調べてみた。
平安末期の木曽義仲の便女(=便利な女、小間使い、妾)というような記述だ。平家物語にその名前が出てくる。それによると、義仲は、信濃から巴と山吹の2人の便女を京へ連れてきたとされる。巴御前は、義仲と最後頃まで行動を共にした。美しい女武者として戦いの場でも活躍し、勇名を残すが、山吹御前は病気のため京都にとどまり、戦乱の中で、その後の行方が知れなくなっている。

だから、その後の山吹御前について、諸説があるのである。
伊予市中山町佐礼谷に伝わる言い伝えが、”山吹御前伝説”として今に残っているもののひとつだ。
義仲が頼朝に滅ぼされてから、山吹御前も京を追われ、少数の伴のものと瀬戸内海を渡り、伊予・郡中に落ち延びてきた。
なぜ伊予かというと、義仲は後白河法皇から伊予守に任ぜられていたことがあり、その縁で目的地にしたのだ。
追っ手を避けながら、難行苦行の連続で、食料も途絶え、病を持っていた山吹御前はついに衰弱死したという。
一行は竹を切って舟を作り、それに遺体を乗せて、山道を登り、遺体は仁七川の畔に埋葬し、お供の者はその付近に住み着いたという。
今も、山吹御前の五輪の塔が残り、また源氏という地名が残ったりしている。
中山町佐礼谷の心優しき人たちは、歴史の流れの中で運命にもてあそばれた山吹御前の死を哀れみ、この地に山吹御前神社を建てたという。

伊予の山中に、歴史に名を残す薄倖の女性のドラマが隠れているとは、、、。
そういえば、この地の夏の夜には、源氏ボタルが飛ぶという。山吹御前伝説を知ると、ホタルの黄色いヒカリが哀愁を帯びているように見えてくる。

(次回の第5回は、総森三島神社=砥部町=を見る。)

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