レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
プロフィール

まくり王

Author:まくり王
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



訪問No.



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



あぁ焼失!宝厳寺本堂、一遍上人立像
<緊急特番>
時宗の開祖・一遍上人生誕の寺が10日、炎上、焼失した。
松山市道後湯月町の宝厳寺(ほうごんじ)。
本堂と庫裏が全焼し、重要文化財の「一遍上人立像」も焼けてしまった。
これを機に、文化財の防火、防犯、報知システムの見直しが必要だ。

      DSCF0331.jpg
     
   (写真上:焼けた本堂、11日午前9時50分。下は今春撮影した焼失前の本堂)
  IMG_3195.jpg
 宝厳寺は、一遍上人生誕地(県史跡)として知られるほか、遊郭と密接した寺としても知られる。 
 「左に大きな門があって、門の突き当たりが御寺で、左右が妓楼である。山門のなかに遊郭があるなんて、前代未聞の現象だ」-、これは夏目漱石の「坊っちゃん」の一節。ここに登場する寺が宝厳寺のことだ。

 ネオン坂とか松ケ枝町とかの名前にまだ記憶のある人もいると思うが、宝厳寺の参道(上人通り)には旧遊郭が並んでいた。明治10年(1877)道後地区の整備と風紀取り締まりのため、散在していた遊郭を寺の門前に集めた。そのため、遊郭街を通って寺に行く漱石のいう“前代未聞”が起こったのだ。

 明治28年(1895)、病気のため帰郷した子規は漱石とともにここを訪れ「色里や十歩はなれて秋の風」と、宝厳寺のことを詠み、その句碑が今も境内に置かれている。
              DSCF0341.jpg
         (火災で焼失した重要文化財の「一遍上人立像」。=「愛媛の文化財」県教委から転載) 
 宝厳寺は7世紀中ごろ、創建。最初は天台宗の寺だったが、13世紀末に時宗に改めた。
 ここの本堂に安置されていたのが、「一遍上人立像」(高さ113・9センチの寄木造り)で、室町時代中期の優れた肖像彫刻として国の重要文化財となっていたのだが、今回の火災で焼失した。防火体制や火災報知体制をもっと整えておけば、文化財を守れたのではないか。これを機に前向きに検討してもらいたいところだ。

 火災から一夜明けた11日は朝から、県警の現場検証が行われていた。報道陣が寺を遠巻きにして慌ただしい。ちょうど盆の季節で、墓参に訪れる人も目立ったが、広いエリアが立ち入り禁止になったため、墓参ができず、午後以降にずらす人の姿も多かった。
 にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村

愛媛県 ブログランキングへ
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://makuriou.blog.fc2.com/tb.php/45-dd513494
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)