レトロ旅えひめ巡り
愛媛県のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や農漁村の原風景、いつかどこかで見た光景を紹介していきます。古いえひめを一緒に探してみませんか。
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段畑余話~「海の鼠」からネズミ騒動の顛末~
前回、「“奇跡”の段々畑!水荷浦(宇和島)」を書いた。
その際、当時の宇和海村一帯で異常繁殖したネズミ騒動についても触れた。
吉村昭の「海の鼠」という短編は、この騒動がテーマ。
舞台は、騒動の発端となった戸島。ネズミの大発生、その駆除に振り回されて疲れ切る人々の様子が生々しい。
駆除は今考えると、滑稽にさえ思える方法も飛び出す。
人々は異常繁殖したネズミにどう立ち向かったか。「海の鼠」からネズミ退治の歩みを見てみた。
   DSCF0896.jpg
       (城壁のように頂上まで築きあげられた宇和島市遊子水荷浦の段々畑。ここら一帯にもネズミがわいた)
騒動の発端はこんな具合だった。
「鼠が湧きました」「浜を歩きますと、鼠を踏みしゃぎます」--。村長らが県の郡事務所で被害を訴える。
だが、相手は不熱心な表情で、「いずれにしても、請願書をだしてもらわなくては、、」。お役所仕事そのものだった。

20日ほどもかかってようやく書類がそろったが、受理されず、係員の手で訂正を繰り返させられていた。
台風も接近したりして、遅れに遅れて再び郡事務所に行ったところ、担当者の表情は一変していた。「近くの日振島でも湧いたよ」と、やっと尋常でない現象であることに気づいたのだ。

現地に来た係員は、その想像を絶するおびただしい鼠の姿にたちすくむ。
ここから、人口2,000人VSネズミ50万匹の限りない戦いが始まった。
        DSCF0874.jpg
                 (風光明媚な宇和海。まさかこの海からネズミが押し寄せてくるとは、、。)
武器として最初に持ち込まれたのが、オーソドックスな①金網式鼠取り器だったが、これは小型のものしか捕獲できない欠点があった。次いで導入されたのが、②駆鼠剤(猫イラズ)。発火点が低く、火事になる恐れはあったが、殺傷力は確かで、10匹の死骸を見れば、人目につかぬところで200-300匹は死んでいるといわれた。強い威力で一時は喜ばれたのだが、目につかぬところで死ぬ習性が、恐ろしい結果を招いた。梅雨明けになって、天井からウジがポタポタと落ちてきた。天井裏を見てみたら、そこには、ネズミの死骸が累々と横たわっていたのだ。これで、猫イラズは中止になった。

 ③パチンコ式罠。捕獲率は85%でよかったのだが、トビが捕獲されたネズミを襲い罠を血だらけにするため、毎回洗わねばならなかった。そのわずらわしさから、結局使われなくなる。④改良型の金網式鼠取り器。入り口を広げて大型のネズミも捕れるようにしたが、一回ごとに洗浄していたら、さびてしまって1カ月でだめになった。⑤弓張り式竹罠。台湾の高砂族が使ったというが、竹を放つ音にネズミが怯えて期待外れに終わった。⑥チュウブ入り黄燐性剤。値段が高く、買う人は少なかった。

*天敵の青大将やイタチ、猫、それに強烈な劇薬も投入されたが。

被害の少ない畑には、ヘビがいついていたことから、ネズミの天敵のヘビの導入作戦が始まった。
人に無害の⑦青大将を191匹放った。
これは効果がさっぱりだった。ヘビは満腹になると1週間動かない。おまけに冬眠してしまう。

業を煮やした当時の農林、厚生両省は、必殺の切り札を投入してきた。⑧毒性激烈なモノフルオール酢酸ナトリウム性剤で、ネズミが食べると即死する。これはすさまじい効果があった。路上に死骸があふれた。「大成功です。死骸が村中に転がっています」と報告。役場前に運ばれた死骸は6,000を超えた。その夜役場では酒宴が開かれ、人々はようやくネズミ絶滅のめどが立ったと喜んだ。翌日には1万匹も捕れ、重油をかけての焼却処理に追われた。

万々歳と思ったが、人々はある日ふと気付いた。鳥がいなくなった、猫も犬も、、、。「生きているのはネズミと人間のみ」だった。劇薬は島の自然環境の均衡を徹底的に破壊つくしていた。
厚生省内でもこのまま継続するかどうか激しい意見の対立があった。学者は長期間の使用は避けるべきで、他の方法を考慮せよーとの意見で一致。結局、使用は中止された。

次に厚生省が投入したのは⑨クマリン系殺鼠剤。慢性中毒にさせて死なす。これは明るいところで死ぬメリットがあった。即死はしないが、徐々に駆除効果があるように思われた。

自然に優しい天敵を探す努力も続いた。浮かんだのが、⑩イタチ。ヘビと違って、ネズミを見たら殺す習性を持ち、冬眠はしない。俊敏でどう猛、うってつけの天敵と思われた。120匹を放った。当初、血の跡などから、成果が上がっているものと見られたのだが、その痕跡は日を追って少なくなっていく。学者に聞くと、「雄と雌の比率が悪くて仲間同士で殺害しあったのだろう」。
このあと、天敵として⑪アメリカ産のフィッチというイタチも投入された。飼育している業者が近くにいた。雄雌の数も揃えることができ、日本イタチの半額で入手できるメリットもある。1,000匹を持ち込み活躍を期待したが、なんと「このフィッチは飼育に次ぐ飼育で」「肉食獣としての野性を失っていた」。人に食いものをねだるありさま。いつしか、姿を見なくなり、死骸がところどころに発見された。

そして、トムとジェリーでおなじみの天敵・⑫猫も大量投入された。その数、3,600匹。が、大柄の野良ネコはネズミを捕ったが、子猫は大きなネズミに怯え、後ずさりするばかり。ここの猫にとって、ネズミと戦い、とらえることで飢えをしのぐ必要はなかった。ネズミを食べるより浜にある煮干しを食い荒らし始めた。煮干しの加工業者はネズミとともにネコに悩まされることになっていった。ただ、それも1カ月余のことで、猫の間で伝染病が発生し、猫の数は激減する。

人の力はここまでだった。ネズミは減るどころか増えるばかり。
しかし、ある時、ネズミはいなくなった。


若者が村を離れ、段畑耕作者の老人が亡くなると、それを引き継ぐ者はいない。畑の放棄が目立ちだし、また海でもイワシの回遊が激減し、煮干しが浜から見られなくなった。島にネズミの食糧が少なくなった。
そして、ある日、島から半島部に向かってネズミの大群が泳いで脱出しているのが目撃された。
                   DSCF0989.jpg
                          (吉村昭著「海の鼠」新潮社)
人口は半減した。ネズミは消えた。
「島に発生した鼠の数が減少したのは、駆除方法が成果を収めたわけでは決してない。鼠が食糧の乏しくなった島を放棄したにすぎないのだ」--「海の鼠」の一節である。

昔は、ネズミがどこにもいたように思う。天井裏で運動会をされたこともある。猫イラズで退治した記憶もある。ところが、最近ではトンとネズミ被害の話を聞かない。しかし、田舎よりも大都会の飲食店内や下水道内でネズミが秘かに大発生しているとは言われている。耐性の強いスーパーラット問題も浮上している。突如異常繁殖することはないのだろうか。
そのとき、人類はどんな対策で臨むのだろうか。

吉村昭(よしむら・あきら、1927-2006):東京生まれ、歴史小説やノンフィクションの作家。特に綿密な現場取材で知られる。太宰治賞、吉川英治文学賞、菊池寛賞などを受賞。主な作品は「星への旅」「戦艦武蔵」「長英逃亡」など。「海の鼠」は昭和48年5月、新潮社から短編集として刊行された。その後、この短編集は「魚影の群れ」と表題を変え新潮文庫、ちくま文庫に収められている。
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